朝から悲しいニュースが目に留まりました。
発達障害の息子の将来を悲観したお母さんが小6の息子の首を締めて殺してしまったのです
娘さんとおばあちゃんと4人暮らしだったそうです。
このお母さんをサポートする人は誰もいなかったのでしょうか。
発達障害の度合いはどんなものだったのでしょうか。
詳細がわからないのでなんともコメントしづらいですが、大変辛いニュースであることに間違いはありません。
本当ならどんな障害があろうと生まれてきた子供が殺されてよいはずがありません。
けれど障害児の現実はあまりに過酷です。
本人は障害児として生まれたかったわけではないし、お母さんも障害児を産んだ責任を感じますし、将来自分が先に死ぬことを思うと、障害児一人残してどうして死ねようか?と思います
私もそうですし、多くの障害児のお母さんが同じことを言います。
「自分は先に死んでしまう。自分亡き後、この子はどうしたらよいのか」
ならば自分が生きているうちに殺してしまおう……そう考えても不思議ではありません。
それでも、です。
我が子も、それから仕事先の障害児デイサービスでの子供たちを見ていても「殺されてよい」とはどうしても思えません
私にはどうしても思えません
行政がこういった辛い事実に何処まで目を向けているのか知りたいです。
障害児を育てるお母さん、お父さんのケアについても、障害児ケアと並行して進めなければならない問題だと思います。
うちの場合は父親(夫)自身にもASD傾向があり、助けにならず、実家は遠く、発達障害の我が子をフォローする機関も知らず、私は一人で療育をしてきました。
まだ「自閉症スペクトラム」なんて言葉の確立もなかった頃です。
殺してしまおうと思った瞬間が、一瞬でもなかったのか?と問われたらあったように思います。
自分が孤独だったからです。
それでも殺せなかったのは何故でしょうか。
何故なんでしょうか。
うちはたまたま殺さずに済んだだけなのかもしれません。
昨日、いとの発達テストの結果が出ました。
あおより軽かったですが、広汎性発達障害でした(笑)。
広汎性発達障害(=自閉症スペクトラム)ですね。
ADHD要素もあるようです。
お兄ちゃんと同じですね
まぁひっくるめて息子二人発達障害というわけです。
ADHD単独でなら私もそうかもしれないので、一家全員発達障害ってところでしょうか。
それでも子供の療育の全負担は私一人に掛かってきます。
これが現実です。
いとは単純処理能力のIQが142という驚異的な数字を叩き出しました(笑)。
すべての項目の平均IQは124でした。
高いのです。
その反面で人の気持ちを察したり、口頭での説明の意味がわからなかったり、文章問題の問いかけの意味を汲み取れなかったりします。
そのギャップが本人もまわりも理解しづらい。
学校は頭の良い子だから問題なしと受けとるし、友達も頭がよいのに何故僕の言ってる意味を理解しない?何故僕が怒ってる意味がわからない?と切れてしまいます。
いとにしたら何故友達が切れるのかわからないので結局口を閉ざしてうちにこもります。
そうするとネガティヴの海に沈んでいき、自傷的思考が発現します。
だからいとの特性をまわりに理解してもらう必要があるのです。
それはもっと重度にあおの時もそうで、今もそこは基本的に変わりません。
人の助けがなくては生きていけない発達障害者。
でも、健常者だって誰かの助けを得ながら生きていることに変わりはありません。
助けを求めることと感謝すること。
私はここに重点を置いて子供たちに教えています。
自分が不得手とする特性をきちんと把握し、人にどんな風に迷惑をかけてしまうことがあるのか。
またそれは障害児本人の責任ではなく、障害からくる症状であること、だから自己否定する必要はないこと、けれど理解してもらい助けてもらうことがあったら必ず感謝すること。
これを大人になるまでに時間をかけて徹底して教えます。
もちろん他にも教えなければならないことは山のようにありますが。
発達障害はその度合い、その子が先天的に持っている性格、また知的の有無などでそれぞれ対応の仕方も異なります。
学校も行政も、障害児を抱える家族そのものを救う体制を取って貰えたら、と願わずにはいられません。
またご両親も自ら孤独にならずに、行政の窓口、自助会の扉などを叩き、自分からまわりに助けを求める強さも、我が子を生かすために必要だと思います。
とてもとても大変ではありますが。
仕事に行く時間になりました。
本日はここまでにしときます。
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