もう寝る時間なのに、私の頭の中はプチパニックになってる。
過去の色んな人達の思い出や心が私の中で溢れてしまってるからだ。
hideちゃんのビデオを観るとこういうことが起きるからあまり見ない方が良いんだと思うけど……それでも観たくなってしまう。
自分にとって大切なひとがある日いなくなること。
これがもたらす影響は結構なものだ。
今夜はある青年の話をひとりごつ。
私が大学生の時のこと。
アメリカの大学へ留学した友人がアメリカ人青年を連れて帰国した。
私たちのひとつ年上の彼。
名前はR.C.
私たちは彼のことを「Ray」と呼んだ。
よくある話だが、彼はJapanimationに憧れていた人で、特にGINAX製作の【オネアミスの翼】や【ふしぎの海のナディア】などがお気に入りだった。
私もアニメは好きだったから友人は話が合うだろうとRayを私の家につれてきた。
当時の私はさほど英語が話せるわけではなくて、友人が通訳に入ってくれたのだが、Rayは自分と友人ばかりが話してしまうことを気にかけて、私ともなんとかコミュニケーションを取ろうという気遣いを見せてくれた優しい人だった。
Rayが我が家に来たとき、私の父は入院していた。
父親の所在をRayに問われて、その旨を話したところ、Rayも少し前まで闘病していた話が明かされた。
頭に巻いていたバンダナを、彼はさっと取り外した。
長身でハンサムな彼の頭髪がなかった。
それを自ら自虐ネタにして笑うRay。
怖々病の名前を訊ねると想像通りだった。
Rayは【白血病】と闘っていたのだ。
来日当時は【寛解】の判断が下されていたのでRayもそのつもりだったと思う。
私もいずれまた髪は生えてきて彼はこれから大好きな日本に何度も来るのだろうと思っていた。
アニメスタジオに行きたいとすごく言っていたし。
それからRayと私は言葉の壁はありながらも意気投合して、アメリカへ帰国したあと頻繁にエアメールの交換をするようになった。
彼の自作のイラストをもらったので私も描いて送ったりもした。
とても気が合った。
私は大学生時代バックパッカーをやっていたのでアジアを旅しているときに白人とはよく交流があったがあまり良い印象がなかった。
彼らは英語を不得手とするアジア人を見下す傾向にあったからだ。
或いは、アジア人と言うだけで見下されていたかもしれない。
けれどRayは違った。
私はその事に驚いた。
日本アニメが好きなくらいだからそうなのかもしれないが、私がどんなに英語が下手くそでもRayがそれをバカにしたことは一度もなかった。
私は大学卒業後1年間働いて資金をためると中国へ留学した。
そこでもRayとのエアメールの交流は続いた。
何度も往復する書簡の中で、私はもしかしたらRayに惹かれていたかもしれない。
彼は手紙にjokeぽく必ずこう書くのだ。
「必ずまた日本へ行くよ。だってあーの英語が下手くそ過ぎるから、僕が直にちゃんと教えてあげなきゃいけないからね」
最初はアニメのためだった日本行きの理由が、私に英語を教えるため、に変わっていたのだ。
でもこの頃既にRayの体には異変が起こっていた。
少し手紙がストップしたある日、それは告げられた。
「日本にはしばらく行けなくなった。白血病が再発したんだ。でもドナーを探してる。だから必ず日本へは行くから」
私はその告知を受けて呆然とした。
寛解だったのではないの?
いや、そもそも寛解自体が完治とは違ったんだ。
私はアメリカに彼を見舞いに行きたかった。
直ぐにでも駆けつけて彼の手を握りたかった。
でも中国にいてどうすることも出来ない。
私は日本からたまたま持ってきていた押し花のシールを、彼への手紙に貼り付けることにした。
お見舞いの花束の代わりだった。
手紙の量は減った。
でも、その手紙に、闘病に関する「辛い」「痛い」「苦しい」という言葉は一度も出てきたことがなかった。書かれているのは前向きで楽しくて私を笑わせる内容ばかり。
私にもう一度会いに行く、約束する。
そう書かれていた。
Promise
私たちの約束だった。
押し花のシールをとても喜んで彼は応えた。
「もっと見せて、花を。色々なものを。もっとたくさん僕に見せて」
けれど、それが最期の手紙だった。
繰り返されたドナーテストは全て不適合。
私が留学を終えて少ししたのち、出勤するときにポストの中にエアメールを見つけた。
Rayのお姉さんからのものだった。
私は職場に着くなり震える手で開封した。
そこには、Rayが闘病の末亡くなったことが記されていた。
私への感謝の言葉と共に。
He was gone.
gone....
何故?
約束は?
何故?
Ray!
ぽたりぽたりと膝の上に涙が落ちた。
職場の先輩が心配した顔でどうしたの?と訊ねてきたが声がでなかった。
私はトイレにこもって声を殺して泣いた。
「私に英語を教えなきゃと言った約束はどうしたのよ、Ray!」
そう叫びたいのに喉元で音が引っ掛かり声がでない。
彼の家はあまりに遠すぎて、遠すぎて飛んでいくことも出来ない。
彼は勇敢に闘ったとあった。
彼のベッドのまわりには私が送った様々なもので埋まっていたそうだ。
遠すぎて実感すらないじゃないの。
私は踞りながらそう心で叫んでいた。
そうしてそのまま私は二度とRayから手紙をもらうこともなく、約束は果たされることはなく、顔も見れず声も聞けず、その手に触れることもできなくなった。
一生。
永遠に。
思えば恋になりかけた想いだったのか、それとも既に落ちていたのか。
顔を見たらわかると思っていたけれど確かめることも出来なかった。
二度と、永遠に、その人に会えない悲しみ、寂しさ。
これは私が死ぬまで消えない記憶だと思う。
辛いはずの闘病で私に愚痴ひとつこぼさなかった彼のひととなりは天使のようだと思った。
そんな彼だから神様に愛されてしまった。
私はクリスチャンではなかったが、彼のために両手を組んで泣いた。
Rayは今どこで何をしているのだろう。
私との約束を覚えているのだろうか。
私を見てるだろうか。
私は今でも時々Rayに怒る。
約束を破ったから。
そして怒ったあとで必ず赦す。
彼の事も、自分の事も。
消えた命は二度と戻らない。
遺されたものには、その残酷すぎる現実だけが手渡される。
二度とない。
これがどれ程過酷なことか。
大切な人を失う気持ちは言葉に出来ない。
私は残されるのが嫌だ。
今後もしも私の愛する人(子)が私より先に逝くことがあったなら、ただちに私もそちらの世界へと連れていくべく迎えに来てほしい。
私をこの世界に残さずに。
Remember our promise?