こんばんは。


さっそくですが、お知らせがございます~。


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23日(水・祝)に囲碁サロン渋谷で予定していた「第2回囲碁電王戦第3局」の鑑賞会ですが、

権利関係の事情により中止とさせて頂きます。

本件、準備不足で申し訳ありませんでした。


いろいろありますね~、私も勉強不足でした。

反省、反省。

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さて、昨日打たれた第2回囲碁電王戦第2局目は、Zenが治勲先生の大石を殺しての中押し勝ちとなりました。

「シノギの名手」と言われた治勲先生の大暴れを封じ込めるというのは、経緯がどうであれ、大変なことなのですよ。

(でも、最近ちょくちょく死んでるけど)


ただ、この生きるか死ぬか、のつばぜり合いに治勲先生が持ち込む前に、すでにZenがある程度の優勢を構築していたことは、瞠目に値することです。


黒番:Zen   白番:趙治勲名誉名人


図1 Zenの仕掛け、治勲先生の受け応え(黒5~白6)

治勲先生の4手目、左下隅の目外しは第1局と同様、作戦の匂いを感じます。

この目外しに対し、黒1と三々に入ったのは「深々と」と形容してよいでしょう。

他にも、目外しに臨むアプローチはいくつか考えられますが、もっとも目外しに対して

「あたりが強い」一着を選んだと言えます。

これに対し、白2の大ゲイマは柔らかい受け応えで、A、B、Cといった次の候補手が考えられます。


そもそも、AIは「ツケ」や「カタツキ」といった手法を好むようです。

なぜかというと、相手の石に「あたりが強い」手であればあるほど、相手は受け応えする必要性が高くなり(=手を抜きにくくなり)、その周辺での折衝が始まります。

そういう展開は、AIにとってその後の進行が予測しやすくなるようです。

リソースを効率的に投入できる、ということでしょうかね??


したがって、黒1の三々に入った手も、上記の特性が表れているのかな?というのが私の感覚でした。


一方、治勲先生の白2は、知ってか知らずか、黒の次の一手の選択肢が多くなる手を選んでいます。

Zenはできるだけ選択肢の少ない一本道となる進行を、治勲先生はできるだけ手広い局面に持ち込もう、というせめぎ合いをこの2手の応酬にかすかに感じました。


図2 自然の流れ(黒17~黒19)

黒白双方の弱い石が点在する中、黒1とまず左下を強化しながら白を攻め、白2が左辺の黒に迫った瞬間に黒3と補強に走る・・・。

このあたり、ごく自然の流れと言ってしまえばそれまでですが、石の方向や追い方についていろんなパターンが考えられる中、もっとも無理なく、そして自然の流れに石をゆだねられるというあたり、並の力量ではないですね。

自然の流れ、というのがあいまいな表現ですが、なんとなく理にかなっているように思えるのです。


図3 大局観(白24~黒25)

この白1を治勲先生は大いに悔やんでいました。

もともと、持ち時間を後半に温存する作戦だったようで、白1のハネは当然黒が左下を応対するものと即断したようです。

しかし、黒2と手抜きして左下を封鎖される手をうっかりしたようです。

白1では、中央に進出を図るところでした。


図3-1 Zenの地合予測

ニコニコ生放送では、Zenがどのように地合を予測しているか、を可視化するシステムが導入されていました。

これは「厚み」をどう評価しているか、という点が示唆されているように感じます。


白地の予想は、まぁ人間と大きな乖離はありませんが、着目すべきは黒地予想の濃淡です。

この絵をじっと見ていると、2つのポイントが浮かび上がってきます。


ポイント①:各勢力の距離感を認識している。

黒はおおざっぱに言うと、右上隅、右下隅、左辺と勢力が3つに分かれています。

それぞれの近くが濃い黒なのはわかりますが、それらの中間に位置する右辺、そして上辺から中央にかけても薄い黒が広範囲に分布しています。


ポイント②:黒の勢力が白の勢力を相殺している。

白の勢力は3つあり、発展性が認められるのは左上と下辺の2つです。

しかし、黒と比較して白の濃淡の広がりが非常に狭いです。

これは、黒の勢力(特に左辺)が白の発展性を阻害していると認識しているのでしょう。


人間は「黒地が○目、白地は×目が確定地。黒は右辺に△目作らないといけない」というように、けっこうデジタルな計算をします。

しかし、AIがこのような連続性のある濃淡で局面評価をしているのは、アナログっぽくてとても興味深いですね。


図4 白の実利、黒の外勢(黒43)


コウがからんだ左下の折衝の結果、白は左下一帯に25目ほどの実利を、黒は大いなる外勢を手に入れました。

コウの過程で、黒はもっと良い局面に導くことができたかもしれませんが、おおよそこの局面では黒の外勢に分がある、という評価が多かったように思います。


図5 強烈な一撃!(白44~黒47)


白1と左上に白地を確保したと見えた瞬間、黒2のハサミツケがZenの才能(?)をみせる強烈な一撃でした。


通常、黒2のツケは実戦のように白3と出られると、黒2子(△)との間を真っ二つに割かれる「サカレ形」の典型と言えます。

しかし、この場合はもう少し下に目を移せば、黒の鉄壁が待ちかまえており、黒としては痛痒を感じません。

どちらかといえば、黒4と左上の白地に侵入され、上下の白が分断されかかっている白の方が苦しい戦いです。


治勲先生、そんなことは百も承知でしたが、黒2に対して自重することなく、あえて危険に身をさらしました。

ほとんど意地のようにも見えますが、あるいは「シノギの治勲」の矜持でもありますか。


図6 Zen、優勢を盤石に(黒63)

白は上下の白をどうにか生きることはできました。

しかし、黒は左上の白地を荒らしながら、上辺の大場に自然と向かうことができました。

白地の確定分はせいぜい40目(左下:25目、左辺:5目、左上:10目)ですから、それほど潤沢に白地があるとは言えません。

黒は上辺~右辺と中央の厚みが呼応し、大模様ができそうなロマンがあります。


図7 全局のバランスを見た一手(白74~黒77)

白1~3は右下の定石の過程ですが、ここで黒4が部分的な定石の折衝に捉われない、全局のバランスを見た一着。


この手そのものは、治勲先生相手に互角以上の戦いを進めているZenでは驚くことではないです。

ポイントとしては、AIはそもそも「定石」というくくりで学習していません。

常に盤面全体を1枚の絵のように見て、どこが大きいのか、勝つための最善を考えているだけです。


囲碁でも「定石を覚えて2目弱くなり」という言葉がありますし、仕事や人生だって、目的を忘れて些事にとらわれることはあまりいい結果を生まないものですから。

人間よりもAIのほうが、戦略的な観点が強いというのは、なかなか興味深いことです。


図8 矛を収める(黒95~黒97)


黒1に対して、白2のツケはサバキの常用の手筋で、黒の受け応えを見て自分のサバく方針を決めていく、ということです。

通常、ツケは相手に対して「あたりが強い」手なのですが、これを無視して黒3と白の進出を止めた手が、本局では人間の感性からもっとも離れた手と言って良いでしょう。


いくつかの疑問が浮かびます。


①・・・作戦/路線変更なのか?

⇒AIはそもそも「作戦」や「路線」などという概念はありません。

  繰り返しにその局面で最善の手を打つだけ・・・です。


②・・・黒1で最初から黒3の場所に打ったら何が問題だったのか?

⇒おそらく、白に黒1の点に一間トビを打たれるのでしょう。

  よく読んでみると・・・黒1と白2の交換は悪手ではない・・・むしろ黒に取って良い交換になっている?


黒3のような、ツケに手を抜くという発想は人間に取って盲点に入る良い例でしょう。

しかし、これで簡明に封鎖してしまうのが良いのか・・・。


図9 確かな形勢判断(黒111)

右上の折衝が終わり、白が大いに黒地を荒らしましたが、中央一帯がさらに黒模様を確かにしています。

ざっと形勢判断をすると・・・


白は左下(25目)+左辺(4目)+左上(10目)+右上(7目)+右下(10目)≒約60目

黒はとても計算しづらいですが・・・黒1と囲ったラインを境目とすると、約50目。

コミを含めて逆算すると、中央付近に20目ほど黒地があればおつりがくるかな、という感じですね。

20目というと、4×5ほどの長方形が描ければよいのですが、一見してもっと大きそうな四角形が描かれています。

したがって、黒がはっきり優勢でしょう。


このまま何事もなければ、中央の谷が深すぎる。

ここから、「シノギの治勲」が顔を出します。


図10 ふしをつける(白118~白124)


白1から、中央の黒模様の破壊をもくろんだのは、治勲先生の真骨頂でした。

治勲先生のシノギの極意は、厚みと思われる黒の壁にあるわずかな弱点を見極め、相手の弱点をつきながらあわよくば黒を攻めよう、という姿勢を見せ続けることで、相手の攻撃の勢いを遅らせることにあります。

シノギという言葉は通常、防御的なニュアンスがありますが、「攻撃的なシノギ」が治勲流といえましょう。


図11-1 治勲先生がもっとも悔やんだ手(白128~黒129)

私的本局のハイライトの場面です。


治勲先生が「攻撃的なシノギ」であると表現しましたが、この白1のハネもその傾向があります。

すなわち、上辺の黒の形に少し不備があり、これを衝きに行った手でした。

しかし、黒2のコスミが治勲先生曰く「見ていなかった」とのことで、このたった2手の交換だけで白のシノギが非常に難しくなってしまった、ということでした。


図11-2 軽くサバかなければ・・・

白128では、ここに二間トビをすれば、おそらく死ななかったのではないか、というのが治勲先生の弁でした。

真偽はわかりませんが・・・。


局後のインタビューで、治勲先生は「もっと軽くサバかなければいけなかった。勝ちに行ってしまったね。」と語っていました。

前半の意味はわかりますが、後半の「勝ちに行ってしまった」とはちょっと聞いただけでは、よく意味が分かりません。


私はこう解釈します。

「中央の白の一団を生きると共に黒模様を蹂躙し、勝ちを完全に確かなものにする」ことを目指してしまった。


一方「軽くサバく」というのは、例えば「白の中央の一団を捨てても、どこか黒の包囲網を突破する」とか「右辺の白1子だけはこじんまりと生きる」とか、そういう浅い目標を複数視野に入れた状態で打ち進める、ということです。


前者の完全な目標にまい進することに比べると、後者の浅い目標を見ながら進める、というのは「しのぐ=勝利」には必ずしも結びつきません。

しのぎ方、生き方次第では、全滅を免れたとしても、形勢は白に好転していない、というケースが考えられます。


治勲先生は、前者の「完全な目標」をひたすら目指し、短期決戦を挑み、そしてしのげなかった。

実際には生きることができたのか、やはり無理な目標設定だったのか、それはわかりません。

しかし、心身共に充実していた頃であれば、後者の長期戦を選んでいたかもしれない。


「勝ちに行ってしまった」という言葉に、自らの老いを自覚したかのようなニュアンスを感じ取ったのは・・・

私の妄想であれば、良いのですが。


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さて、これにて1勝1敗。

勝負の行方は最終局に持ち込まれることになりました。

興業的には、おおいにけっこう。

私は純粋に楽しみです。


手番も決まっていないので、試合を予想することは難しいですが・・・。


1局目、2局目とも治勲先生は目外しを打ちました。

3局目も目外しを打つとは限りませんが、少なくともなにかしらのテーマを踏襲している、ということはうかがえます。

2局とも、「穏やかに打つか、激しく打つか」の岐路に立った時、治勲先生は常に激しい方を選んでいる。

これが、テーマと見ました。


本局の「シノギきれなかったこと」の悔恨が強ければ、3局目も実利を稼いでから、Zenの大模様に突入する、という展開に導くかもしれません。

しかし、治勲先生は逆張りをするような気がしますね。


したがって、こう予想しましょう。

治勲先生が大模様を張り、Zenの石の大捕物を展開する。


模様を張るなら、治勲先生が黒番の方がやりやすいかな~?
あたったらほめてね。