こんばんは。


昨日から中国・江蘇省無錫市で第37回世界アマチュア囲碁選手権戦が始まりました。

日本代表は平岡聡さんですが、すでに1日目で台湾代表の若者に負けてしまったようですね。

棋譜もさらっとみましたが、なかなか強そうな打ちぶりでした、が・・・

その台湾選手も、今日は韓国代表に負けていたので、上には上がいますね。


大会の前日、6月4日の記者会見で「意外がなければ、年内柯潔(かけつ)九段-AlphaGo戦が行われる」と発表があったそうです。

しかしながら、AlphaGoを開発したDeepmind社のDemis Hassabis CEOのTwitterでは「contrary to internet rumours, we've not decided yet what to do next with AlphaGo, once we have, there will be an official announcement here」とのことでした。


(意訳)

ネット上で噂になってるみたいじゃけんども、なーんもきまっとりゃせん。

なんぞあったら、おいがここで言うけん。


まー、でもなんかあるといいなぁ。


私の履歴書の5回目です。



■前回のあらすじ


さらば緑星学園

こんにちは趙先生


■脱・おねしょ


小2から持病があり、5年間近く薬を服用していた。

そして、小6まで毎晩毎晩おねしょをしていたのだった。


薬との因果関係がわからなかったので、このおねしょ問題は

親元を離れて内弟子生活を送る、という点で大きな問題だったのだ。


幸い、小6の時点で完治の診断を受け、内弟子生活の開始と共に、

薬の服用を止めたところ、ぴたっとおねしょをしなくなった。

自分の体が何か欠陥を抱えているのでは、と勘ぐりたくなるほどだったから、

本当にこれは安心した。


小学生時代には、膀胱を大きくするということで、水分をたくさんとって、

できるだけトイレに行かない(膀胱に溜めておくことで大きくする)、という

ことをやっていたので、今となってはトイレが遠い人となった。

これで、秒読み中にトイレに行きたくなる、という危機的状況を回避できるように

なったので、おねしょさまさまである。


■内弟子生活


趙先生の自宅すぐ近くにある「囲碁サロン治勲」が内弟子たちの住まいである。

週末だけ営業している囲碁サロンなので、勉強に影響はない。


おおよそ、以下のような生活リズムだった。


①平日(月~金)


8時       起床、朝食

9時 ~12時 勉強

12時~15時 昼食、自由時間

15時~18時 勉強

18時~19時 夕食

19時~21時 勉強

21時~    自由時間

*中学に行っている人は16時頃に帰宅し、午後の勉強時間から合流。


②土曜日


終日自由時間

*院生の場合、第二土曜日のみ院生手合がある。


③日曜日


院生の場合・・・院生手合。帰宅後、院生手合で打った碁をプロの兄弟子に検討してもらう。

プロの場合・・・平日とほぼ同様。夜の勉強時間に院生弟弟子の打ち碁検討。


あまり他と比較したことはないですが、趙門は比較的ゆるやかで自主性に任せているところがあり、勉強時間として設定されているのが1日8時間、中学生であればおおよそ4時間程度ということで、どちらかというと短いほうだと思う。


食事は地元のレストラン経営者と個別契約で、夕飯を人数分作ってもらうだとか、昼食はてきとうに、ということで外食がもっぱら。

洗濯は各々で勝手にやる、という感じだった。


つまり、生活も勉強も、基本的には自分で考えてやる、というだけのことだった。


■祖父の死去


内弟子生活を初めて1ヶ月過ぎ、世間はちょうどゴールデンウィークに入った頃、実家から連絡が入った。

祖父が亡くなった。


祖父は私が小3くらいからだったか、今でいう所の認知症だった。

とてもかわいがってもらっていたが、症状が悪くなるにつれ、そして私が小学校高学年になって反抗期を迎えるにつれ(?)、思いやりに欠ける言動をすることもあった。


祖父は明治末期の生まれだったはずだから、85歳をいくつか超えていたくらいだったろう。

小6の冬頃には体調が思わしくなく、入退院を繰り返していた。


私が内弟子となって長野を離れたことを知ったことで、急速に元気がなくなっていったらしい。

まだ、亡くなる兆候はなかったと思っていたが、私が思うよりもずっと早かった。


ゴールデンウィークで混む特急あずさに乗り、長野へ帰省すると、すぐに棺に入っている祖父と対面した。

ここ最近は、祖父に冷たく当たることも多かった。

途端に、涙が止まらなくなった。もう優しくすることもできないのだった。