今週の週刊碁に載ったので、情報解禁ということで・・・。




2年に1度行われる中国主催の国際棋戦「百霊杯」にアマチュアの部の日本代表の1人として参加することになりました。

僕が日本棋院の方から依頼を受けたのも急で6月下旬ころでしたが、中国から日本棋院に連絡があったのもそのころのようで、バタバタと決めていかないといけないみたいです。

大変だね。


以下、6月下旬のやりとり。


日本棋院(以下、日):急な話で申し訳ないのですが、7月下旬に中国の国際戦に出られませんか。

僕(以下、ぼく):ははぁ、本当に急ですね。スケジュール等教えてください。


日 :7月23日~27日の4泊5日です。アマチュアの部は全部で16名で日本からは3名選抜します。北京で対局となる見込みです。

ぼく:わかりました。仕事の調整もありますし、書面で詳細をメール下さい。検討します。

日 :お願いします。あ、ちなみにベスト4から賞金が出ます。

ぼく:(ん・・・10万くらいかな?お小遣いくらいになるといいな)わかりました。


ぼく:(資料届いてるな。ん・・・?優勝賞金20万元??これは・・・約340万円だとぉ!!?

ぼく:出ます!行きます!出させてください!!



そんなわけで、降ってわいたような話ですが、オラワクワクしてっぞ。

中国ルールなので、微妙に気を付けないといけないシーンが出てくるのかなぁ?とちょっと懸念がありますが。

誰か、詳しい人がいらっしゃったらポイントを教えてください。


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最近は週1で上達の約束 にコラムを書いています。

こっちのブログは趣味なのでおそろか(!)ですが、上達の約束はお仕事なのでマメにやりますぞ。


7月21日(土)はイベント「上達の診療所」 も行います。

上達の壁を感じている方、突破のきっかけを探している方は、なにかここで見つかるかもしれません。

ぜひご参加を!

ぼくは百霊杯直前なのでピリピリしてるでしょうから、今回はスパルタ式でいきますゾ(てきとう)。


サッカーW杯の日本VSポーランド戦でのパス回しにはいろんな意見がありますね。

まず最初に断っておくと、僕は「覚悟をもって決断した」という1点において評価しています。

サッカーはど素人ですから、戦術的な判断はできません。



マリーシア(wikipedia) という言葉があります。

端的には「ずる賢さ」を意味するようで、国や人によってこの「ずるさ」+「賢さ」の度合い・意味合いが微妙に異なってくるもののようです。


囲碁の対局においてもマリーシアは存在すると思っています。

ハメ手や置き碁においての下手ごなしといった、知識の有無に拠る方法もありますが、スタンダードなものの1つに「時間攻め」があるでしょう。


こんな話を聞いたことがあります。

「時間切れ即負けの場合は、ヨセで1線のハネツギに対して守らないことで、試合を長引かせる」

どういう意味か。


 このような黒1~白4というヨセが普通のハネツギで、一段落です。


しかし、黒の時間がもし切れそうだというときに、あえて白は守らない。

そうすれば、黒5と切ってきたときに試合が長引いて、結果として黒は時間切れになる、ということです。



どう思いましたか。

僕は「汚い、あまりにも汚すぎる」と思います。


上記はいかにも極端ですが、時間切れ負けというレギュレーションであった場合に、相手のミスを期待して良識の範囲内で(?)打ち続ける、というのはよくあることです。

結局は程度問題、と言えてしまいますね。


昨日、朝日アマ名人戦の準々決勝で、挑戦権を獲得した栗田くんに対して、僕は時間攻めを仕掛けました。

持ち時間は40分、使いきると1手30秒ということで秒読み付きですが。




この局面で、僕(黒)の残り時間は10分弱、栗田くん(白)の残り時間は1分半ほど。

僕は白にAと打たれるのが嫌で、勝負手として黒3のところにすぐにでもツケたかった。

ただ、勝負所に突入する前に、相手の時間をつぶしておきたい、とも考えたのでした。


そこで、先に黒1と右辺にケイマをしました。

この手自体は、僕は良い手だとは思っていなかった。

ただ、中央をやわらかく囲うような手で評価がしづらいハズなので、相手はおそらくある程度時間をかけるだろう、と予想していました。

そして、案の定白はここで時間を使いきり、黒3と勝負をかけることができました。


この後の折衝は、ほぼ黒はノータイムに近い応対をして相手に考える時間を与えず、結果としてかなりの戦果をあげることができました。

僕はこの対局のこのシーンで、盤上の手の優劣以外の要素も加味した作戦を立てて実行できたことは、自分自身にとっての成長と捉えられたし、マリーシアと言えたのではないかと思ったのです。




僕が3年前、脱サラをして囲碁の世界に戻りたいと、会社のある上席に相談した時に「もっと狡猾に生きたらどうだ」と言われました。

今となっては真意を聞くことはできませんが・・・おそらく、もっと器用に生きること、サラリーマンという職業のまま余暇で囲碁を楽しめばいいじゃないか、という意味合いが強かったでしょう。


素直に生きること、ずる賢く生きること、別にこれらは相反するものではなくて自分の心の中に同居して混沌としていると思います。

少なくとも、サッカー日本代表の西野監督が衆人環視の大舞台で、自らの「ずるさ」・・・それも僕のようなど素人がパッと見た時に「賢さ」から縁遠く見える行いを決断したということは、想像するに余りある苦痛があったのだと思うのです。

だから、その覚悟は見習いたいと思ったのでした。


大人ってずるいものさ、そういう自分を見たがらないものだからさ。

(後半まとまらなかったのでお茶を濁す)

あいかわらず更新がされない本ブログですが、最近は週1のペースで上達の約束 のほうにコラムを投稿しているので、同じネタを使うわけにもいかないし・・・となかなかのジレンマでございました。


でも、たまーに人から「ブログ更新しないんですか?私の履歴書、けっこう好きです」と言われることがあったので、これはとりあえず現在まで追いつかせたいなぁ、という気持ちもありまして、約2年ぶりに更新再開したいと思います。(次回更新は未定)


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と、その前に例によって告知です。


6月17日(日)リアル版『上達の診療所』開催


◆日時
 6月17日(日)  11:15ー14:00 (昼食時間含む)

◆会場 新いずみ囲碁ジャパン神田(JR神田駅北口から徒歩1分)
http://www.izumiigo.jp/eigyo.html

◆定員 9名

◆対象
・『上達の診療所』を詳しく体験してみたい方
・自分の囲碁の課題と現状を知りたい方
・上達の停滞を感じている方

◆診療所スタッフ
・院長:村上深 

・内科:根本明(石の流れを診ます)
・外科:井桁健太(石の形を診ます)

◆料金  4,000円(席料・昼食費込み)

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振り返り兼ねて、過去記事をば

囲碁を覚える(私の履歴書1)

マグレの長野県代表(私の履歴書2)

マグレの全国大会(私の履歴書3)

棋譜並べをするけど、よくわからない。(私の履歴書4)

さらばじいちゃん(私の履歴書5)

「ヒカルの碁」にみる院生とは (私の履歴書外伝)

異変の予兆(私の履歴書6)


私の履歴書7回目です。

中2の頃。

実は、この頃の記憶があまりないのね。


■イマイチ身が入らない


中2になると、院生としてはBクラスあたりに定着。

しかし、一方でサボり癖も発揮していた。

放課後に学校で少し時間をつぶすとか、内弟子部屋にゲームボーイを導入するとか、まあかわいげがある程度ではあるものの囲碁の勉強一筋!というわけではけっしてなく。

プロ試験も本戦には出場できたが、けっこう負け越して終わる。


なぜ、このような状態になったのか大人になってから思い返してみたが、ひょっとすると囲碁界特有の社会性・・・いわゆる村社会的な・・・囲碁の実力と子どもの頃からの関係性がそのまま一生引き継がれることへの違和感を子どもながらに感じていたかもしれないと思った。


■暇つぶしは小説、ゲーム


内弟子部屋には漫画が数百冊とあったが、俺は活字が好きだったので「漫画よりも小説の方が1冊あたりにかかる時間が長いから、パフォーマンスが良いのでは?」と考えた。

この頃に大いにハマったのがライトノベル(ロードス島戦記とか風の大陸とか)とテーブルトークRPGで、グループSNEという会社のものが特にお気に入りだった。

おそらく、内弟子生活3年半で買った本は1,000冊を優に超えていた。古きライトノベルを俺に語らせれば長くなるが、本題から外れるのでやめておく!


■進路決定 高校進学をしないことに


学校の授業は一応聞いていたので成績はキープしていたが、中2の正月に親と話をして高校進学をしないことにした。

ゆっくりとではあるが院生での成績もあがってきており、もう少し力を蓄えれば入段が十分に狙えるとみたため。

この頃(1998年)は院生上位の人はほとんど高校にも進学せず囲碁の勉強だけに打ち込む、というのが当然とされていた時代であった。

覚悟を決めて、退路を断ったつもりだった。

その後、学校の授業をまともに聞くことはなくなり、みるみるうちに成績は落ちていった。



■女の子に間違われる


治勲先生と俺(右)、他の内弟子たちと


この頃、髪が耳までかかっていて男にしてはわりと長めだった。

ある夏の日、近くの図書館に行って本を借りようとすると、目をショボショボさせているおじいちゃんが急に大きな声を出した。


「えっ!君は男の子なの!?」


俺も驚いた。