急性腸炎と肺炎と指の手術 | SHO-CHIのぶろぐ

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3歳の時、指の手術したが


それは、覚えてない。笑



でも、肺炎の際と急性腸炎で入院した時


個室の病室の中、ずっと付き添ってくれていたのは覚えてる。


特に五歳か六歳の時の急性腸炎で、何も口にすることができなかった時



腹痛と嘔吐の繰り返しで、夜中に目覚めた時


病室の隅っこで、幼い自分には見えない様に背を向けて

夜中に軽く食事をとっていた。


さすがにそれは、幼いといえど


『お母さん。
食事のとれない自分に、申し訳なく思って、あえて夜中に見えない様にしてるんだなあ…
そういえば、ごはん食べれない自分と一緒のことを、あえてしてくれてるわ…』


とさすがにわかって


『お母さん。
気にしないでごはん食べて』


と言ったことも覚えてる。



そんな母はいつも


『ごはんはお母さんは後でいいから、お母さんの分は気にせずに、先にいっぱい食べなさいね』



と、食事など全て…

母親である自分よりも先に、姉も含めて子供を優先してくれる母である。



そんな母だからこそ今は、


『ごはんもお風呂も自分は後でいいから、お母さん先に済ませてね』


と母に言って、母を優先に思ってしてる。



これを記しながら、思う。



父も母も自身より、先ず子供を優先する両親だなあと。



しかし時には叱られることも、もちろんあったが。


以前は。苦笑



本心は、退院するまで母の付き添いをずっとしてたかったが


まあ…



病院側的にも、病状からしても


付き添いは必要ないとの説明だから



気持ちは胸に留めて、帰ってきた。



10年前。


母が足の大手術をして、長期入院をしてた間


手術を終え、しばらくした日に


短期留学で海外に自分行った。



旅立った姉に後で


『大手術して、リハビリで長く入院してた母をおいて、なぜ海外に行ったの?』


と問われ、姉にも負担をかけ


母のことで父も日々心配をしてたのに


プラス自分のことで父にも心配をかけさせてしまい



ただでさえ、大手術と長期入院で母自身も大変な思いをしてるのに


増して母にも、自身で精いっぱいなのに

海外に行ったことで余計に心配をかけさせてしまって、悪かったと




姉に問われ、初めて気づいた。


だから尚更、今回母が退院するまで

ずっと付き添って励ましてあげたい気持ちが強かった。