こんにちは!
こころの声を聴く聴き師
よしだけいこです♩



久しぶりの投稿です。

最近ふと、こんな気づきが降りてきたので、
こちらにもシェアしますね。


あなたは繊細さんだと
自分で感じていますか?

似ているようで違う
「繊細さと過敏さ」

について考えたことはあるでしょうか?

実はその繊細さは、
幼い頃からの記憶に基づいた
恐怖心や恥や罪悪感による
過敏症かもしれません。


それを、
“私は感受性が豊かで
繊細な人間なんだ”と

思い込むことで
自尊心を保っているだけ

かもしれません。



この一文、グサッときましたか?

少し前の私だったら、
グサーっと刺さって
痛かったかもしれません。



だけどね、
自分の内側を見つめるうちに、
単なる自己否定ではなく
真の癒しへの入り口になっていく

私は自身の体験を経て
そう確信したんです。


だから、
怖がらなくて大丈夫。


この心臓破りの坂は
ひとりでは怖いかも知れないけれど、
一緒に昇る同志が必ずいます。


仲間と一緒に
あなたも自己を見つめる旅を
始めてみませんか?


あなたの繊細だと思っている感覚は
幼い頃からの記憶に基づいた
恐怖心や恥や罪悪感による
過敏症かもしれません。


たとえば、、、

🔍こんな構造があるかも


①  過剰な恐怖や恥・罪悪感
実はこれ、「心が敏感だから」じゃなくて、子どもの頃に 否定され続けた環境で刷り込まれた反応かもしれない。

②  ①をを“繊細さ”だと思い込むこと
「私は感性が鋭いから、傷つきやすいんだ」と、本当はトラウマ由来の過敏さを「価値のあるもの」にすり替えて、自分の痛みを正当化しているのかも。

③ その裏にある自尊心の防衛
「ほんとは自信ないけど、自分をダメだと思いたくない」そんなふうに、繊細さというラベルで、自分をかろうじて保っているだけ



💡どんなときに起こりやすい?


•人と距離を取りたいとき、「私は人より敏感だから」と言いたくなるとき

•傷つきやすさを、芸術性や知性の高さと結びつけたくなるとき

•本当は怖さや恥ずかしさがあるのに、「私って特別」と感じていたいとき



🪞でも、それってね、あなたのせいじゃないんだよ。


過去に、
いちいち否定・嘲笑・叱責されるような
環境で育ってきたならば、
それは神経症的な恐怖心や恥の感覚を
植え付けられて当然なん環境なんですよね。


だけど、それに気づけたこと自体が、
もうすでに防衛を手放し始めてる証。



🌱繊細さと過敏さの違いを見分けていくこと


そこから、本当の意味での

穏やかな自信
安定した自己肯定感
他人との心地よい距離感

に近づいていけるんだと思います。



わたし自身、この気づきに出会ってから、
少しずつ「守るための繊細さ」ではなく
「ひらくための繊細さ」へと
自分を導いていけている気がします。

同じような感覚を持った人がいたら、
「あなたの繊細さは、
 責めるものじゃない」と伝えたい。


そして、必要なときには、
一緒に言葉にしていきましょうね🕊️🌿



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メッセージお待ちしています☺️