🌱第1回 まごころとは何か



——評価のない理解からはじまる物語——



「認知のゆがみの発生源は、理解されなかった痛みがあり、その痛みを理解されないという孤独がある。

本人は二重の苦しみを抱えている。」



これは、私が子どもの成長を見つめながら気づいた真実です。


人は、理解されなかった痛みを抱えるとき、心を守るために世界の見方を少し歪めます。


それは防衛反応であり、弱さではありません。 


痛みを隠すことでしか、生きのびられなかった日々があるからです。


でも、その「歪み」を無理に正そうとすると、心は再び拒絶の痛みを思い出してしまう。

だから私は、娘の育ちを通して学びました。

――コントロールではなく、共存が大切なのだと。




子どもが「行きたくない」「怖い」と言う時、かつての私は、どうにか「行かせる方法」を探していました。


励まし方やスモールステップを工夫しても、うまくいかない日が続く。

そのたびに「私の育て方が悪いのでは」と自分を責め、そして娘もまた、「わたしが悪いんだ」と思い込んでいった。


けれど、ある日ふと気づいたのです。

娘が動けなくなるのは、「怠け」ではなく、心が自分を守っている証拠だということに。


行けない理由を探すのではなく、「行けないことを受け入れる」ことからすべてが変わりました。




まごころとは、そういう“受け入れ”のあり方です。


相手を直そうとしない。

正そうとしない。

ただ、そこにいる存在をまるごと見つめる。


まごころは「行動」ではなく「まなざし」です。

相手の痛みの奥にある、言葉にならない願いを聴こうとする心の姿勢。


理解できないことがあっても、「理解したい」と思う。

その意志そのものが、すでにまごころなのです。




ある日、娘が小さな声で言いました。

「ママが笑ってると、元気100倍になるんだよ」


その言葉に、私は涙が出ました。

子どもは“まごころ”を教えてくれる先生です。


こちらが何かを「する」よりも、

ただ安心して「いられる」時間が、いちばんの支援になる。




まごころとは、相手の内側で起きている痛みを、

「わからないけれど、ここにいるよ」と言葉にならない形で抱くこと。

それは、行為ではなく在り方(being)の問題です。


そしてそれこそが、これからの時代に必要な「心理的柔軟性」の第一歩。



次回は、この“柔軟に生きる”という考え方を、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の視点から掘り下げていきます。





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