うつ病で相談相手が一人もできず、毎日死にたいと思っていた会社員の私が40日で克服し、親友も5人出来て毎日が楽しくなった方法 -7ページ目

うつ病で相談相手が一人もできず、毎日死にたいと思っていた会社員の私が40日で克服し、親友も5人出来て毎日が楽しくなった方法

うつ病で相談できる相手が一人もいなかった私が
病院にも行かず、薬も使わずに
どうやってうつ病を克服出来たのか?
自力で克服することが出来た方法を
あなたにお教えします。

んにちは!


ゆうです!



前回私は暗い子供だったと言いましたが、
もともとは明るい子供でした。



人見知りは激しかったものの、
仲良くなった人とは楽しく遊んでいましたし、
良く笑っていました。


自分で言うのもなんですが、
笑顔がかわいい子供でした。


ですが、ある時をさかいに
心を閉ざしてしまいました




たしか、小学4、5年生くらい
だったと思います。
この時期、
私は反抗期に突入していました。


親があれしろ、これしろと
言ってきても私は


「自分はやりたくない」


と言って親を困らせていたのを
覚えています。


駄々をこねる、というのとは
少し違ったと思います。


自分の考えてるようにやりたい、とか
自分の事をちゃんと分かってもらいたい
というような感情が強かったです。


ですが、そんな時期に学校で
とある問題がありました。





学校で研究発表会のようなものがあったのですが
自分は全くやりたくなかったのです。


人前で話すのが苦手だったので
「人前で話したくない!」
と強く思っていました。


今でこそ大したことの無い問題ですが、
当時は本当に悩んでました。


それで、どうなったかというと
当日はズル休みしました。 


母親にはとにかく学校に行きたくないと言って
制服まで着てたのになんとか休みました。
(本当に行きたくなかったんです。)


ところが、です。
たまたま父親が休みだったか
なんかで家に居たんですね。


父親とは普段から話をしたり、
聞いてもらったり
ということがなかったので、
距離を感じていました。


そしたら父親が


「なんで学校に行かないんだ!」


と言うわけです。



私 「行きたくない」


父親「学校に行け!」


私 「行きたくない」


というやりとりが何回か繰り返されたので、


煩わしくなった父は
無理矢理、私を持ち上げて車に乗せました。


学校まで連れて行かれると
車の外に放り出されました。


私はボロボロ泣いていました


ですが、父親は気にも留めず、
すぐに帰ってしまいました。
私は泣く泣く教室に向かいました。


この時、家に帰ることもできたのですが
なぜか教室に行ってしまいました。
その後の記憶はほとんどありません。




私はこの時の経験から


この人(父親)は


私の話を全然聞いてくれない・・・
なんにも私の事を分かってくれない・・・


そもそも、分かってくれようとしていない


そう思った私はひどく落ち込んでしまいました。


味方であるはずの父親が敵に回ってしまった。
そんな感覚でした。


それからは父親と話をしていません。


正確には薄っぺらい
最低限の話はしていましたが、


悩みだったり、進路相談、就活とか
重要なことは全く相談せずに決めました。


というか出来るはずがありませんよね。
自分の話をちゃんと聞いてくれない人に
相談なんか出来ません。


誰も分かってくれる人がいませんでした。


私がウツになっている事も
気付いていませんでした。
母親には心配をかけたくなかったので、
なんとか隠していました。


私がうつ病の時、相談できる人はおらず、
全部一人で抱え込んでいました



一人で抱え込むようになった結果、
うつ病はどんどん悪化していきました



これは小学生の時です。


この時、ちゃんと相談できる相手がいれば、
早く治っていたと思いますし、
たぶんうつ病にはならなかったでしょう。




早く治っていれば
たくさん友達も作れただろうし、
彼女も出来たと思います。


楽しい毎日を送る事が出来ていたと思います。
明日が楽しみで眠れない毎日です。



でも、相談相手がいなかった私は
治すことが出来ませんでした。




ですが、
私の症状が良くなっていた時というのは
誰かに話を聞いてもらっている時でした



今あなたが相談できる相手がいるのであれば、
その相手に相談して
自分の悩みをしっかり聞いてもらって下さい


もし、いないというのであれば


私に相談してください。


コメントでも、メッセージでもかまいません。
必ず返信します。





今回も最後まで読んで下さって
ありがとうございました。



ゆう。