今日1月17日は、阪神・淡路大震災発生から31年が経過した日になります。
今から31年前のあの日、僕は当時海上自衛隊に勤めていて、艦艇乗組員として、長崎県対馬沖で任務に当たっていました。
当日の朝食を食べたあと、何人かの隊員の会話の中で「関西の方で地震があったみたいやなぁ」という会話があったのですが、僕はそのときは(不覚にも)あまり気に留めてはいませんでした。
ところが(当時の艦内で映ったアナログテレビで)神戸の街並みが火の海になっている状況に言葉を失いました。
当時僕の父が、伊丹の老人ホームで入居者のお年寄りや施設のスタッフの食事を作る仕事をしていたので、すぐに艦内にある船舶電話(当時はまだ携帯電話のない時代でした)で父の元に電話しましたが、父から「心配しなくていい。大丈夫や。ありがとう。」という声に本当にその場でへたり込むほど安心した思いをしました。
その後実家の母にも電話しましたが、母の元気な声が聞けたことに本当に涙が出るほど安心した思いをしました。
その後16年後には東日本大震災が発生し、そこからさらに5年後には熊本地震が発生し、2年前の元日には能登半島地震が発生しました。
地震という予期せぬ災害によって多くの命が失われるということに、人間の命はなんとはかないものかと思ってしまいます。
今このとき、この時間を生きていることは当たり前ではありません。
今ある命に対して感謝し、無念の思いで亡くなった被災者に対して冥福を祈るとともに、被災者の分まで一日でも多く命を長らえるのが、私たちの使命ではないかと思います。