この映画には賛否両論があり、人によっては嫌な気持ちになるかもしれない。しかし受け手を裏切る展開と、想像を掻き立てさせる構成は他の映画には無い面白さがある。

想像を掻き立てさせるとは、どういうことか、この映画では全てが語られるわけではない。あくまで受け手に想像させるように作られている。バルバラとダミアンの過去、トカゲの部屋、映画のラストでのバルバラとダミアンのやり取り。
これらは映画で説明されることなく、ある意味投げっぱなしにされてしまう。しかしこれが色々な意見や考察を生み作品に味が出るのである。

以下は自分の考察

「感情と理性の闘い」
怪しい館のオーナーが、「闘牛とは感情と理性の闘いであり、本能を受け入れ、雄牛とのように闘えばケガをしない」と語る場面がある。この映画では教師が二人登場するが、彼らはそれぞれ文学の教師と数学の教師である。すなわち文学は感情で数学は理性である。
バルバラは文学教師に恐喝され、数学教師に助けを求める。
理性で感情を押し殺したのだ。しかし、これではバランスがとれない、闘牛は失敗する。

ラストで意見が別れるが、自分はバッドエンドだと考えている。ダミアンはバルバラに利用されたことに対して怒り、過去にやられた仕返しをしている。
バルバラにとっては恐喝される相手が文学教師から数学教師に変わっただけなのである。




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