釣猿おりたの釣行発信基地!!! -25ページ目

九州の人達、日本の人達へ

最近の日本は、北からミサイルが飛だの失敗しただの騒いでおります。メディアに騒がされ、洗脳され、安心させられおります本日も。森友も北もそっちのけで愛人事件で騒いでる今日この日であります。ドクトリンされています。

 

さてさて、日本侵攻の危機って話題から日本に伝わる神話の話をしようかなと思う。

 

北という国は軍事国は軍事国。ミサイルをいっぱい作り軍事力を拡大させていることには違いない。今の中国もそう。軍事力を拡大させていることには違いない。なぜ?国を守る為?侵略するためでしょ?

 

危機感のない、その安心した事なかれな考え方でいいのか?

 

もし、侵攻が始まったらどうしょう?また神頼みですか?また神風が吹くことに期待しますか?

 

【神風】

大昔この島国日本には海外からの侵攻があり、大陸から来た大軍の侵攻を『神風』が吹き侵略者を撃退したという歴史がある。

 

元寇(げんこう)とは、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(大元ウルス)およびその属国である高麗王国によって2度にわたり行われた対日本侵攻の呼称である。1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。蒙古襲来とも。特に2度目の弘安の役において日本へ派遣された艦隊は、元寇以前では世界史上最大規模の艦隊であった。主に九州北部が戦場となった。wikipedia参照

 

現代の考古学では季節的に台風ではないという説もある。だったら!台風じゃなかったら、さらに神様の仕業と信憑性が深まる!

 

科学者は「神様の仕業」と決めつけようとはしない。科学は土俵の外のことには無関心で見えないモノを科学し続けようとしない。今度は目に見えない神様の仕業を科学で証明しなければならない。

 

漫画ドクターストーンより
『科学ではわからないこともある』じゃねえ、わからねえことにルールを探す、そのクッソ地道な努力を科学って呼んでるだけだ!

 

岐阜の村興しバンド かむあそうトライブスの科学の詩より
『科学を信じる人と神様を信じる人とが繋がってきてるよ、科学を信じる人とこの星を愛する人とが繋がってきてるよ、何が起きるんだろう?』

 

確かに科学に対する想いも、神様に対する想いも変わってきてる。

 

科学では証明されなかった「霊界は存在する」と言う科学者がいる。

 

 

現代の科学では到底結論が出せない信じられない出来事もある。

 

『神様の仕業』と簡単に括ってるんじゃなく、神様を信じてるから、神様だったらいいねと思えるだけ。もしそうであれば感謝できる。どちらにせよ、九州(日本)は救われてんだから感謝はしなきゃね。救ったのは「ナニカ」が解らんから神様しかないねってだけ。神様信じてるから、

神様ありがとう。神様ありがとう。

 

この神風を起こした神様がいるという神話が、ここ雲仙市国見町に伝えられている。

この郷土誌は雲仙市国見町にある、温泉神社の宮司さんに見せてもらった。

 

一番古い鳥居には四面社と書かれている。

御祭神:白日別命、豊日別命、速日別命、豊久士比泥別命、建日命

明治二年十二月祭神に速日別命を加えて五座となり温泉神社と改称された。と書かれている。元々は四面。四柱の神様がいたことになる。ここは御霊をわけた分社であり総本社は雲仙の山を登ったところにある。

 

『弘安四年に元の大軍が九州に押し寄せ敵味方奮戦の最中元軍より一体三面の勇士が現れ四方八方にきりまくつたので日本軍も恐れをなし一応退却せんとするところに我軍より一体四面の偉大なる勇士鉄棒をふりかざして現われ出で彼の一体三面の勇士に立向かい事もなげに之を海中に打ち込み尚も敵陣中にきりついて夜叉の如く荒れ廻つたので元軍は蜘蛛の子を散らすが如く逃げ去った。後で大将が其勇士に向つて所と名とを尋ねたところが只肥前の温泉ヶ丘の者であると答へたのみである。この戦争は彼の神風のよつて敵の大軍を玄海の藻屑となして終末を告げたが、不思議な勇士を見た大将は直ちに家臣を温泉ヶ丘に遣わして尋ねさせたところが、所の者も四面の人あることを知らずと云う。ふとあたりを見るに四面宮と云う御宮がある、さては此神様が四面の勇士になつて神威を現わし給いしものならんと深く感じ之を大将に報告した。そこで大将は直ちに宮殿を新らしく造営し神領を寄附し宮守を定めて尊崇された。』と書いてある。 

これは大将の夢なのか?四面の勇士は本当に戦ったのか?台風の様な風が吹いたのか?果たして真相は?

 

仮にどちらに当てはめても『九州を守った事実は事実』。

九州の守り神とされている四柱(現在五柱)の神様がここにあり、人々は信仰し守られてきた宮があることは真実!

 

元軍から二度も九州を日本を守られてきた神話があることを忘れてはならないと思う。現代に当てはめても海外からの侵攻の危機にあっていることには違いはないことだから。元寇の日本人には戦う勇気があった、神様も味方につける勇ましさは日本の侍精神だといえる。今の日本には戦う勇気はあるのか?勇気がなければ神風など吹かないと思う。