「今はやれないからやらんのだ」戸塚ヨットスクール校長、それでも体罰の効果・必要性を訴える理由 | 国内 | ABEMA TIMES | アベマタイムズ

 

 

今でも3名いるんだ!!!

 

オカリナ吹かせてる・・・・

 

ジャニーズよりもこっちが問題じゃない?

 

80年代の事件だけど、人殺ししてますからね。

それでも同じ名前でヤッテル。

なんて強心臓の持ち主

 

 

80年代つまり昭和ですよ

昭和は荒れた時代で、不良とか校内暴力の多い時代ですよ

つまりね

本当に例えるなら、今考えてみると「北斗の拳」のあの乱世と同じ時代。

そんな子供たちが親の手に負えなくてこういう施設に預けんるんだけれども

大人も大人で本気で向き合う=過剰な暴力で制圧っていう

本当に戦いなんですよ。

だからこんな事件が起きてる。

 

俺たちの間ではなんか不良とかいると

「戸塚ヨットスクールに入れられるぞ」

っていう冗談が流行ったくらい

 

 

俺は昭和の小学校で育った

1年生~4年生まではいい先生で女教師だったこともあって、あまり暴力はなかった

それでも、びんたは当たり前でしたね。

5年生6年生はひどかった。

 

別に俺はぐれているとかそんなんじゃなくて、そういう友達と遊んでいただけ

「ビーバップハイスクール」に憧れて、少し真似しただけ。

昭和から平成に変わるころ

生徒VS教師

の構図で今まで下火だった教師側が一斉に制圧をし始めたころ。

それこそ、戸塚ヨットスクール事件があって、大人の怖さを少年時代に叩き込めば、中学生、高校生になって先生が舐められないという風潮で、ちょっとでも不良性があると徹底的に殴って制圧する教育だった。

 

あまりにも頭をぶん殴られすぎて

「殴られた」という思い出しかない。

「何をしたから殴られたんだ」という教えが一切ない

だから反抗する。

 

「解ったのか?」

 

「・・・へい」

 

「なんだその返事は!!!!」

 

って言ってまた殴られる。

本気で背のでかい男性教師が胸倉をつかんで持ち上げて、突き飛ばし頭を平手で叩きまくる。

 

毎日その繰り返し。

 

ある時、風呂に入った後、親に言った

 

「頭が痛すぎて頭が洗えない」

 

この時に親は

 

「そんなのあんたが悪いんだろ」

 

という答え。

そんなもんだった。

マジで死ぬかもしれないと思うほど痛い日があって。よく見たらその先生は結婚指輪をしていて、その金属部分がヒットしていた。

親戚に相談したこともあった。

親戚のおばちゃんがうちの親に言ってくれたが、状況は変わらなかった。

 

もう一度言うが

俺は不良でも何でもない。もっと言えば勉強もできたし、剣道もやってた。

でもそんな仕打ちをされたから、卒業アルバムではガンを飛ばした。

これは小学生であった俺なりの最後の反抗であり表現だ。

その辺のただ粋がってる不良と一緒ではない。

 

中学生になると

もっと酷かった。酷すぎて書いたら長くなるのでまた書くけど

 

つまり

戸塚ヨットスクールの校長が言っていることは間違ってる。

間違ってるけど

体罰が完全に不必要とは俺も思わない。

こんなに暴力を受けてきた俺でさえそうは思えないのだ。

なぜだろう?

 

例えば俺の息子が先生に歯向かって少しひっぱたかれたとする。

俺は別に何とも思わない。

 

その先生が、エキサイトしてもっと息子を殴ってケガをさせたとする。

俺はそいつを殴る。

 

そういうこと。

暴力は暴力しか生まないんんだけど、罰としてなら容認してしまうかもしれない。

何故かは俺もわからない。

 

 

ただ言えることは

人間はそんなに利口ではない

叩かれて「ハッとすること」だって沢山あるし、そのほうが効果的な場合があるんだ。

でも、叩くほうもバカだからそれが暴力になる場合が多い。

っていうか、昔俺を叩いていた教師はみんな暴力であって自分の感情が抑えられていなかった。

今でもムカついているし、殴り返してやりたい。

でもね

叩かれる痛さを知ったから、安易に人を叩かない大人になった。

それがいいのか悪いのかは人間の歴史は繰り返す原理だと思う