2000年-2010年

 

この10年で完全に家族関係はバラバラ・・・

 

おじいちゃん亡き後、

 

軽度の鬱状態のおばあちゃんは、親戚中をかき乱した。

 

 

心配してしばらく一緒に・・・というウチの家族

結果、絶縁を言い渡されて、母の兄妹の家へ

そこであることない事言いまくり、完全に疑心暗鬼になる兄妹関係

 

こんなことが5年くくらい続いたのかな。

 

その後完全に崩壊。

 

おばあちゃんは淋しかったのだと思う。

 

おじいちゃんの残したお金の使い方を間違えたと思う。

 

今考えると可哀想だ。

 

 

互いの家同士の疑心暗鬼がこれ以上広がらないように俺は考えた。

 

やっぱり、元々は親兄弟で同じ仕事をしていた。

俺が幼い頃は、皆仲が良かった。

 

そんなかで、唯一この親戚関係の全員と会って話すことが出来るのが俺しかいなかった。

 

 

俺の下の兄妹は、俺の親の意見しか信じないからすべての関係を拒絶

年下の従弟たちは、ウチの親が拒絶したり、そもそも交流が無かったり。

 

 

そう。

 

どの家族の家にも気軽に遊びに行けるのが俺しかいない。

 

俺はそう思って、おじいちゃんが死んでから約20年近く頑張った。

 

 

仕事を継いだおじさんとはよく話したし、ずっと仲がいい。

 

おばさんの家族とは一番仲が良かった。

 

 

 

2010年くらいにはこんなことがあった。

 

離婚して精神を病んだ時に、家に呼んでくれた。

 

やっぱり、この時も思ったが、一番ヤバいのがうちの両親だった。

俺が離婚して精神を病んで家を引っ越すときに次の家を見つけるまで、実家で暮らそうとした。

 

その時に色々あったが、一番は俺から食費を取ろうとしたことだった。

実家の下で働いているのに、実家に上がることさえ許さず、飯を喰うなら食費を請求するという事に対して、俺はあまり考えていなかったが、叔母さんとおばあちゃんが「それは自分の子供にすることじゃない」と怒り、俺を迎え入れてくれた。

 

 

この時ほど親戚の温かみを感じたことは無い。

 

従弟達と夕飯を食べて話したり、おじさんとおばさんに色々と話を聞いてもらううちに復活して、マンションを買って一人暮らしを始めたが、そういう温かみみたいなものが俺の家には一切ない事に気が付いた。

 

というより、俺の両親は絶縁しているおばあちゃんとか、叔母さんの家とかと仲良くしている俺を、軽くスパイ扱いしているところがあったのかもしれない。

 

実際

この頃、妹の結婚とか出産とかそういう大切なことは、俺が気が付くまで教えてくれなかった。

 

笑っちゃうな

 

俺はお前らの兄弟喧嘩を何とかしようとして、色々と動いているのにと思っていた。