俺の父親側の祖父の話を少し

 

 

俺は父親側の祖父は観たことが無い

 

父親が高校生の時に脳卒中で死んだ。

 

 

祖父は摺りガラスの「摺り職人」だった。

 

摺りガラスっていうのは、透明なガラスを擦って乳白色にして透明度を無くしたもの。

実験器具では必要不可欠な存在だ。

 

祖父はこの仕事で結構稼いでいた。(今の月給に直すと80万-100万)

子供は5人いた

ただ、この祖父はお金を外に使いまくった。

女、博打、酒

 

だから親父の家は貧乏だったという。

 

墨田区の下町にある親父の実家(今はもう無い)は幼少の頃からよく行っていたが、運河沿いの昔ながらの一軒家が密集した場所にあるボロ家で風呂無しのトイレは和式というオールドスタイルの家だった。

 

今だったら「古民家カフェ」に改築すれば良かったと思うくらい。

 

その職人の祖父は遊びすぎが原因で42歳の厄年に他界

 

なんともやりたい放題で素晴らしい人生だったと思う。

 

 

だが、残された家族が地獄を見た。

 

借金と子供たちを抱えて祖母は奮闘した。

 

 

俺の親父は当時高校生だったが、元々祖父の仕事を手伝っていたこともあり、摺りガラスの仕事をしながら学校に行っていた。

 

擦りガラス職人は儲かるので、下の兄弟の学費を捻出できたらしい。

 

 

高校卒業後も、そのまま職人として、兄弟の面倒を見た。

兄弟が全員学校を卒業すると、職人を辞め、墨田区のとある工場に就職した。

 

そこが、母の父親が営んでいるガラス工場だ。

 

 

俺は親父に聞いたことがあった。

 

「そんなに儲かるのになんで職人を辞めたの?」

 

 

すると親父はこう答えた

 

「職人の上に行きたかったからだ」

 

 

つまり、職人が作ったものを売る仕事。

 

 

1人の職人が月に100万円の仕事をするとする

それを150万円で売れば50万円儲かる

職人を10人雇えば月に500万儲かる

 

という考え方だった。

 

つまり

 

母方の祖父がやっている仕事だった。