僕は1か月の研修期間を経て、一回東京本社に行き、ついでに実家に帰ることにした。

 

1か月ほぼ休みなしで、残業もしたので時給850円とはいえど、1か月で20万近く手にした。

そこから従業員食堂の代金 1回300円などを差し引いても、15万以上は残った。

外食する時は、ほとんど石川さんが面倒見てくれていたのでかなり助かった。

 

東京へ帰る直前に、板金工場へ勤めている友達に電話して、

 

「速攻で何でもいいから車を用意してほしい」

と伝えると渋い返事が返ってきた。

どうやらいい車が一台(ソアラ)あったが、売れてしまったとのこと。


「くっそー!誰だ?ソアラ買った奴!」

と思ってたら



その人こそ、今のTTなんですがね。

 

くそーー

と思い、切実に車が必要と話すと、何とかしてくれるとのこと。

 

 

そして、駅まで石川さんが送ってくれ、電車で東京へ帰った。

本社は原宿のど真ん中のパレフランスとかいうビル。

ここで正式に社員として採用が決定した。

 

初めて来たときはどうでもよかったし、軽井沢なんて行きたくなかったけど、たった一か月で馴染んでしまった・・・

早く帰りたかった。軽井沢に!


今考えると、本当に石川さんのおかげだと思う。

僕も社員になったらそういう先輩を目指そうと決めた。

 

そして、地元へ帰って、車屋の友達に会いに行く。

用意してもらっていたのは

 

「alto」

 

知ってますかね。

スズキのアルトという軽自動車。

当時の軽は弁当箱みたいな形に細いタイヤ。

しかも4ナンバー。

業務用

 

しかも、事故車を修理してくれたらしく、見た目もぼろぼろ・・・

でも、急なお願いを聞いてくれた、友達と、会社の人、社長には感謝しかなかった。

社会人になって、外に出たら本当に色々な人に支えられてきた。

 

そのアルトを8万で譲ってくれた。

こんな赤字の客いませんよねって感覚で

 

「本当にありがとうございます!!」

 

と現金は無いけど元気はあるなんて言いながら、挨拶を丁寧にして、その場を去った。

 

 

実家に帰って、先ず真っ先に積み込んだのが

 

DJ機材とレコード

 

???

 

なんかこの時は、生活からこのレコードとかが無いのが、本当に淋しかったんだと思う。

あとは、適当に服を詰めたら軽自動車アルトはパンパンになった。

 

怖いので高速道路を走らず、ずっと下道で軽井沢を目指したが、バイパスにはなっているが、碓氷峠を登らなきゃいけない・・・

フルペダルで時速40-45k でなんとか登りさらに山を登っていく。

 

改めて思った。

 

なんで、こんな機材とレコード持ってきちゃったんだろ

流石20代

怖いものなしでした