2017年 アメリカ公開
監督:ベニーブーム
主演:デミートリアス・シップ・ジュニア
2pacの自伝映画で
本名トゥーパック・シャクールの物語
1971年にニューヨークのブロンクスで生まれる。
両親はブラックパンサー党でFBIに追われる身である為、カリフォルニアへ妹とともに引っ越しさせられる。
そこでラッパーになり、1991年ショックGのもとに行き、デジタルアンダーグランドの仲間入りする。
当時のMC名は「MCニューヨーク」
劇中では、「the hampty dance」を歌っているが、とにかくこの映画はliveシーンがかっこいい。
からの
1992年アーネスト・ディッカーソン監督作品「juice」で俳優デビュー
名実ともに売れっ子へ
当時のノトーリアスとの仲の良さが描かれていて、本当にあの事件は・・・と思わせる。
ここから、色々な葛藤が描かれる。
母親のアフェニシャクールが薬物依存から復活して、帰ってきた「dear mama」などがある
そして、数々の逮捕。
警察への暴行、発砲、レイプ容疑などで裁判費用がかさむが、派手な遊びがやめられない
この辺は、否定的にとらえる人が多いと思うが、私の目には人間臭くてとてもリアルに映った。
そして、改めて2pacが本当はレイプなどするはずもないし、ギャングで警察への暴行などはあるが、社会への怒りとか黒人差別へ立ち向かう姿が素敵に描かれていた。
ここで余談ではあるが、現在「rapsody」のeveというアルバムに「afeni」という曲が収録されているこちらのトラックは有名な曲「free」だが
2pacの演説が入っているその一文
[Chorus: 2Pac]
Now since we all came from a woman
got our names from a woman and our game from a woman
I wonder why we take from our woman
why we rape our woman
Do we hate our woman?
Now sincce we all
彼は母を愛し、妹を愛していた。女性から生まれてきたのになぜという思いがある
だからレイプや暴行などしないと思いましたね。
映画の中では、ビギーが2pacに「気をつけろ」とシュグナイトとの関係を忠告している。
1994年
ニューヨークでレコーディングスタジオのエレベータ前で、強盗に襲われる
銃弾5発を浴び、4万$のブリンブリン(ラッパーが成功のあかしとして、身に着けているアクセサリー)が盗まれる。
同じレコーディングスタジオに親友のビギーとそのプロシューサー パフィがいたことから、2pacは彼ら「バッドボーイレコード」の仕業じゃないかと勘繰る。
1995年
服役中にdeath low レコードのシュグ・ナイトが140万$を用立て、獄中で契約。
ここから彼の人生が大きく変わる。
1996年
ドクター・ドレが手掛ける「カリフォルニアラブ」で大ヒット
ドクタードレの異母兄弟 がウォーレンG
そのウォーレンGと親友の スヌープ ドギー ドッグ(現在はスヌープドッグ)とその従妹のネイトドッグがこの頃のWEST SIDEのhiphopで有名。ちなみに筆者はこの頃のこの3人の曲が一番好きだった。
日本では、EASTの曲が流行っていて、WESTは遅れてると思われていたが。
この頃、death lowのシュグナイトに独立の話を持ち掛けると、「じゃあdeath low eastをお前がやれ」と名を受け、ビギーのいるバットボーイレコードに喧嘩を吹っかけることになる。
そしてビーフの嵐(rapで喧嘩すること)
しまいには、ビギーの奥さんフェイスエバンスと2ショット写真を撮り「フェイスエバンスとヤッタゼ」などと言い出す。
お互い一触即発に
そして同年9月7日マイクタイソンの試合を見に行ったあと、横づけされたキャデラックから4発の銃弾を浴び2pac死亡
享年25歳
若すぎる死だった
このニュースは実際僕が19歳の頃学校で一番の早耳の友達から教えてもらったが、最初はデマかと思っていた。
当時はまだ情報が何も入ってこなかった時代だし専門誌「souce」は英語だから読めないし・・・
この死をきっかけに、翌年ビギーが報復にあい死亡するのだが、この事件が衝撃的で、音楽の怖さ、hiphopの怖さ、口喧嘩でも人は死ぬというリアルを突き付けられ、音楽の力を感じ、私は19歳でますますhiphopに傾倒してゆくのだ。