日本人にもここまで出来る。今こそ再評価をきちんとしておくべきバンド。
Fishmans「’98.12.28男達の別れ」

アーティスト: Fishmans
タイトル: ’98.12.28男達の別れ
本当に良い音楽と出会う事は、やはり至上の喜びです。でもそれが既に故人のものであると知ると、非常に切ないものになってしまいます。Decoyとフィッシュマンズの出会いもそう言う感じでした。
この2枚組のライブアルバム「’98.12.28男達の別れ(柏原 譲の脱退に伴う『男達の別れ』ツアー最終日)」の最後におさめられている、「Long Season」を聴いた時、さすがにぶっ飛んだ。ベースラインの格好良さ、ミニマルなギターの使い方、ドラムの自由な発想、アナログなキーボード、サンプリングとの見事な連動。。。Decoyとはまた違った形ではありますが、当時自分のやろうとしていた、
「本当に良い音色、良いフレーズで絶対に飽きさせないで、ライブで1時間で一曲をやろう!」
という発想を既にやられていたからだ。メジャーの人がそんな事やっちゃったら、インディーは何をやればいいのだぁー!と本当に嬉しい喜びでこのフィッシュマンズの「’98.12.28男達の別れ」を楽しんだ。
ループするキーボードのフレーズの上を様々な音色が飛び交います。佐藤伸治の美しいファルセットがとにかく美しく、懐かしい日々を思い起こさせます。かなりダビーな処理が成されており、ノリのレディオ・ヘッドなんかのあのエモーショナルな感じもあるが、もっとクラブよりのクールな視点を持っているところが、フィッシュマンズの独特さです。
「最近の若者は冷めたいる」
なんて批判めいて言われるが、その冷め方が個性であり世界に通用するアウトプットにもつながっている事を、もっと大人は感じなくては行けないと思います。
しかし、少し調べてわかった。既に中心人物の「佐藤伸治(Vo、Gt)」は99年3月につまり翌年の春に亡くなっていた。あまりに若い死である。そしてその死がこのラストライブの価値を高め、音源のアルバム化が現実となったという経緯である。
非常に残念な気分になったとともに、もの凄い憤りもあった。死ぬとかどうとか関係なく、こんなに素晴らしい音源があるのに、さっさと音源化しないセンスの欠片もないレコード会社に対する憤懣だった。今も昔も、経営サイドと制作サイドの間にはズレがある。
Decoyは絶対にその間に生まれるズレを埋めたいと毎日思っていて、音楽ではないウェブ制作という世界でではあるけれど、それを実行している。その為にデザインやプログラムやシステムの事だけでなく、経営ノウハウや営業力や企画力や心理学を学んだ。いまゼネラルプロデューサーとして仕事をする基礎はその過程で養われた。
予算についてとかデザインについてとか、場合によってはライティングや写真や映像の撮影、サウンドとか、少しでも良い作品が出来る環境をクライアントと折衝してプロジェクトを進める。その上で、ステークホルダー全員の利益も考える。幸い、最近はそういう幸せなプロジェクトが出来るようになってきた。
でも、未だに音楽の世界ではそれが難しいようで、プロになったはよいがレコーディングの機会も予算なく、飼い殺しにされている友人が沢山いる。その中には、フィッシュマンズに当時関わっていた人間もいる。カリスマ「佐藤伸治」が切り開こうとした道は、また閉ざされてしまったようだ。その後もブランキー・ジェット・シティやザ・ミッシャル・ガン・エレファントなど数多くのミュージシャンがこの壁に挑んだ。しかし、扉は未だ開かない。
それでも、このFishmans「’98.12.28男達の別れ」の存在はレコード会社の意向に関係なく、永遠に語り継がれる大名盤である。そしてDecoyのように、Fishmansの存在を知った人間は、この極上のJPOPを未だしらない若い世代にこれを引き継がなくてはいけないと思う。美しく・切なく・壊れやすい宝物として。メジャーのJPOPのアーティストが、堂々と41分の楽曲を自由な表現として演奏できるそういう日が来ることを切に祈ります。
Fishmans「’98.12.28男達の別れ」

アーティスト: Fishmans
タイトル: ’98.12.28男達の別れ
本当に良い音楽と出会う事は、やはり至上の喜びです。でもそれが既に故人のものであると知ると、非常に切ないものになってしまいます。Decoyとフィッシュマンズの出会いもそう言う感じでした。
この2枚組のライブアルバム「’98.12.28男達の別れ(柏原 譲の脱退に伴う『男達の別れ』ツアー最終日)」の最後におさめられている、「Long Season」を聴いた時、さすがにぶっ飛んだ。ベースラインの格好良さ、ミニマルなギターの使い方、ドラムの自由な発想、アナログなキーボード、サンプリングとの見事な連動。。。Decoyとはまた違った形ではありますが、当時自分のやろうとしていた、
「本当に良い音色、良いフレーズで絶対に飽きさせないで、ライブで1時間で一曲をやろう!」
という発想を既にやられていたからだ。メジャーの人がそんな事やっちゃったら、インディーは何をやればいいのだぁー!と本当に嬉しい喜びでこのフィッシュマンズの「’98.12.28男達の別れ」を楽しんだ。
ループするキーボードのフレーズの上を様々な音色が飛び交います。佐藤伸治の美しいファルセットがとにかく美しく、懐かしい日々を思い起こさせます。かなりダビーな処理が成されており、ノリのレディオ・ヘッドなんかのあのエモーショナルな感じもあるが、もっとクラブよりのクールな視点を持っているところが、フィッシュマンズの独特さです。
「最近の若者は冷めたいる」
なんて批判めいて言われるが、その冷め方が個性であり世界に通用するアウトプットにもつながっている事を、もっと大人は感じなくては行けないと思います。
しかし、少し調べてわかった。既に中心人物の「佐藤伸治(Vo、Gt)」は99年3月につまり翌年の春に亡くなっていた。あまりに若い死である。そしてその死がこのラストライブの価値を高め、音源のアルバム化が現実となったという経緯である。
非常に残念な気分になったとともに、もの凄い憤りもあった。死ぬとかどうとか関係なく、こんなに素晴らしい音源があるのに、さっさと音源化しないセンスの欠片もないレコード会社に対する憤懣だった。今も昔も、経営サイドと制作サイドの間にはズレがある。
Decoyは絶対にその間に生まれるズレを埋めたいと毎日思っていて、音楽ではないウェブ制作という世界でではあるけれど、それを実行している。その為にデザインやプログラムやシステムの事だけでなく、経営ノウハウや営業力や企画力や心理学を学んだ。いまゼネラルプロデューサーとして仕事をする基礎はその過程で養われた。
予算についてとかデザインについてとか、場合によってはライティングや写真や映像の撮影、サウンドとか、少しでも良い作品が出来る環境をクライアントと折衝してプロジェクトを進める。その上で、ステークホルダー全員の利益も考える。幸い、最近はそういう幸せなプロジェクトが出来るようになってきた。
でも、未だに音楽の世界ではそれが難しいようで、プロになったはよいがレコーディングの機会も予算なく、飼い殺しにされている友人が沢山いる。その中には、フィッシュマンズに当時関わっていた人間もいる。カリスマ「佐藤伸治」が切り開こうとした道は、また閉ざされてしまったようだ。その後もブランキー・ジェット・シティやザ・ミッシャル・ガン・エレファントなど数多くのミュージシャンがこの壁に挑んだ。しかし、扉は未だ開かない。
それでも、このFishmans「’98.12.28男達の別れ」の存在はレコード会社の意向に関係なく、永遠に語り継がれる大名盤である。そしてDecoyのように、Fishmansの存在を知った人間は、この極上のJPOPを未だしらない若い世代にこれを引き継がなくてはいけないと思う。美しく・切なく・壊れやすい宝物として。メジャーのJPOPのアーティストが、堂々と41分の楽曲を自由な表現として演奏できるそういう日が来ることを切に祈ります。