買い物先で。
男性が、
幾つもの空き瓶に入ったお金を、
店の人たちに渡していた。
そのお店には募金箱がある。
「ネパール豪雨募金」と書いてある。
そんな箱に入りきらないほどの、
1円玉や10円玉が何瓶も。
だからそのまま手渡しされたのだろう。
「子供たちが集めた」
との言葉が聞こえた。
お店の人はお礼を言って、
その男性は帰った。
何となくだけど、
何かの先生とか講師のような、
雰囲気の男性だった。
子供達と言っても、
ご自分のお子さんとは限らないかも。
丁寧に、1円は1円、
10円は10円と分けられているから、
お店側でも処理がしやすそうだ。
何人の子供たちが、
少しずつ入れていったのか、
と思う。
感心して帰る。
心疲れた時。
ふっと、
コーヒーの瓶の銀色、赤銅色を思う。
涙が出た。
自分でも驚いた。
子供は気負いもなく、
何かのお釣り銭などから、
入れて行ったのだろう。
そんな明るさ、無心さが、
あの瓶に詰まっているようで。
何だろう、
綺麗なお金を見たんだなあ。
これも
浄財
喜捨
の形だと思う。
こういう事なんだと。
もちろん被災地を思えば、
金額は大きいほどいいし、
先日も富裕の方の高額寄付が話題となり、
素晴らしい!と頭が下がった。
瓶の小銭の金額はささやかかも知れない。
でも涙が出た。
無理なく、ほんのり優しい気持ちで、
ちょっとずつ、できる事をする。
そんな方々が普通にいてくれて嬉しい。