娘がほぼ不登校になり、
私は不登校児の親となり。
義務教育って、普通って、何なんだろう?
と、毎日考える日々が続きました。
ポジティブな私も娘のことになると、色々と考えて毒親並の過保護さです。
学校へ行かなくていい。というのは本音です。
理由が明確にあって、学校が辛いものなら、
命と心を削ってまで行く必要はないと私は思っているから。
勉強はやる気さえあれば、学校へ行かなくても
塾行ったり、時期を改めて学ぶことができます。
今の時代、中学校は義務ですけど
多様化し始めて選択肢が広がりました。
辛いなら、来なくていいよ。と、先生も言います。
命を落とされたら大変ですから。
子どもも生きづらそうな子が増えて、
先生も昔に比べて明らかにレベルが低くなり、
評価を気にして子どもと接するのでかわいそうです。
社会もSNSに翻弄され、先生の人間性も、親の人間性も・・・と大人も
殺伐としていて、空気の色も何だか暗めです。
多様化しているといえど、小中は義務です。
そこまでして、学校って必要?
当たり前のようにそこにある義務教育と学校。
大人になり、親になり、今なら言えます。
学校は必要、で、大切です。
人は1人で存在し、1人で居るわけにはいかない。
社会の中に存在しています。
そして、その社会は楽しい事ばかりではないのも事実。
大人にならない訳にもいかず…
自由ですが、責任があります。
面倒くさいことも多くて、です。
自然に年を重ね、社会に何となく出ていくけど
じゃ、何で当たり前のように社会で生活できてるの?
他人と自然に関わっているの?
そこです。
幼稚園、保育園、学校で自然に他人との関わり方とか社会を学んでいたりします。
そして、そこは大切な大切な社会のひとつです。
大人にはわからない色々なものを抱えて、自分という存在の意味を探します。
自分のいる意味を考え、社会の中に自分が存在していることを確認しながら私達は生活していて、それは子どもだけではなく、大人も同じです。
他人と関わらないと、自分が存在することの意味はわかりません。
自分しかいない世界は、すべて自分の中でだけでしかないのだから。
楽だけど、寂しそうです。
学校行かなくて、楽だね。と平気で言うカーストが高めの女子、
無神経だけど、学校へ行っている強みを出してきたりしますけど。
『自分以外がいてこそ社会』
今、娘もそう感じているようです。
めんどくさい出会いで社会とか世界は広がる。
傷つくこともあるけど、楽しいこともいっぱいあってカラフルなものです。
それは、無理やり大人の都合で引っ張り出される時は知ることは出来ないと思います。
自分の意志で、が前提です。
大きな社会に出る前に
守ってもらえている時期に
社会に出る練習を欲しいと親世代として子ども世代の皆さんに願っています。