ちなみに、リスカに関して娘に聞くとサラーっと普通に答えた。

 

 

「痛い事で、生きてるということの実感とか安心を感じる」

 

 

 

的なんだそう。

 

 

 

なるほど、自己確認か。

 

 

 

私から見たら、自分を傷つける事ができるのって逆に勇気があるな、だけど。

 

 

 

紙で手を切るだけでも痛いっていうのに・・・

 

 

 

リストカットの行為は切り傷レベルなので、

本気で自死を試みてる訳ではないのだろうけど。

 

 

 

 

まぁ、死にたいと思ったことは私にもあったので笑い泣き

わからなくはない。

 

 

若気の至りで、手首切ってお湯につけてみたりした。

 

 

 

・・・・痛かった。

お湯の中に滲んで広がってゆく血を見ながら涙が止まらなかった事を思い出した。

理由は恥ずかしくて言えないくらいのことで、

でも、その時の私にはとても大きかった。

だから、気持ちはわかる。

 

 

 

時がたち、その時以上に苦しい事があったけど

本当に苦しい時は泣くことも、死ぬ気力さえも湧かない事を知った。

 

 

 

「死にたい」は生きてる証。

 

 

 

今を生きているということ。

 

 

 

だいたい、好きでこんな世の中に生まれた訳じゃないよね。

 

 

 

ホント、そう。

 

 

 

私も思ってたよ。

 

 

 

親のエゴでみんな生まれているからね。

 

 

 

親ガチャって言い方、秀逸。

 

 

 

 

 

両親亡くなっている今ですら思ってるよ、

「なんで、この両親の元に生まれたのか」

って。

 

 

ちょっと小話。

 

・・・・・・私も親から大切に愛情いっぱいに育てられた訳ではなくて

弟優先でいつも何でも後回しだった。

 

テストで100点とっても、ワガママを我慢しても、お手伝いをしても

「当たり前」で、何にもしなかった弟はそれでも可愛がられていて

特に父親は弟を溺愛していた。

 

母は、愛情はあったのだろうけど義母に虐げられることも多く、小姑も近所にいる、父は父で何かあっても知らん顔をしていて、毎日を生きるのに必死だったから手のかからないように頑張っている私に甘えていたカンジだった。

 

だから、弟の事を今でも特に可愛いと思っていない。

 

年を重ねてきた今でも、親との関係で子どもとして傷ついて来た数々の事は

忘れることなく心の奥底に棘のように刺さったまま、思い出すと苦しい。

 

トラウマがありすぎて、自分の娘にきょうだいを作らなかったぐらいだから。

あぁ、これも親のエゴか。

 

 

そういえば娘に言われた。

 

 

「なんで、パパとママの元に生まれたんだろう、もっとお金持ちで二重の父親の元に生まれたかった※パパ似で一重の娘」

 

 

 

おっしゃる通りです、すみません。

 

 

ADHD持ちで生み、
愛情たっぷりに育ててしまったが為に、

競争心のない、努力の苦手な、穏やかで優しい、家でだけ気の強い一人娘になってしまいました。

 

 

いつか、そんな事を平気で言った事を後悔する日が来てくれることを願っております。

その日を楽しみにしておきますよ。

 

 

私の子育ての答え合わせですね(笑)

 

 

 

でもね、

・・・・・生まれたからには生きて欲しいのです。

この世に生まれた事の理由は、生きていかないとわからないから。

もしかしたら、わからないまま死んでいくかもしれないけど。

 

 

それでも。

 

 

どんなに弱くても、どんなに苦しくても、自分を見捨てないでいてくれたら嬉しい。

 

 

 

明日も辛い事があるかもしれない、

でもさ、明日とっても幸せな事が起こるかもしれないじゃん。

それは生きてみないと誰にもわからないのよ。

 

 

死んでしまったら辛い事もなくなるけど、

幸せだって思うことだって二度と感じない。

 

 

大人の気持ち、親の気持ちを理解するのは後でいいから、

とりあえず、自分を大切にまず生きて欲しいと思います。

 

 

 

さて、余談。

トー横が無くなりました。

多分、また同じようところがそのうちどこかにできるのかもしれないけど

今、暑いし、一旦涼しいところで親への感情に振り回されない自分を構築してみてはどうでしょうか。