おまえも死ぬぞ | MY LIFE AS A FOOTBALL 2

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ないかな ないよな きっとね いないよな
会ったら言えるかな まぶた閉じて浮かべているよ

今日のタイトル、なかなか気に入っている。

「おまえも死ぬぞ」

あるお寺の掲示板に書かれていたそう。
諸行無常じゃ^^


では諸行無常に近い結果を


◇ Jユースカップ 3回戦
ヴァンフォーレ甲府U-18 0-7 ガンバ大阪U-18

◇ イングランド・プレミアリーグ
サウサンプトン 0-9 レスター


甲府のU-18は2回戦でプレミア・リーグの柏に勝って期待を持たせてからの大敗。
サウサンプトン、吉田麻也はベンチでいいと思ってたらフル出場してた。
ま、サッカーはこーゆー時もある。
 

ちなみに、わがヴァンフォーレは昨日、鹿児島と引き分け。
地元新聞の見出しは「悪夢のドロー」
悪夢? 地元民だとこの意味が身にしみる。
こーゆーこともある、とも言っていられない _| ̄|○


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諸行無常といえば、、、

地元紙に「股旅日記」という日曜日に掲載されるエッセイがある。
小池 昌代さんという方が書いている。
詩人・作家とある(ここではイラストも描いている)

昨日のやつが泣けた。
始まりがこうだ ↓↓↓

 ━ 母が死んだとき、あたしは2歳。
 そのあとすぐに継母がやってきて、生まれたのがいっちゃん。
 可愛い弟だった。


継母には「はは」とルビが振ってある。
「けいぼ」でも「ままはは」でも漢字変換するが、
「はは」と振られたルビと、可愛い弟だったのひとことで、
この血の繋がっていない親子は、きっと仲が良かったんだろうなと思わせる。
ちょっと粗筋を ↓↓↓

継母は幼いあたしに三味線を習わせる。
自分がやりたかったのだが、
何かの病を患い行けなかったからまず、7歳のあたしを行かせ、
後日、あたしから継母が習った。

習い、それを教える。だから上達が早かった。
三味線が生涯の友になる。体の続きにあるものと感じるほどに。
継母が死んで、10代の終わり、あたしは三味線を携え婚家へ嫁ぐ・・・

以下、本文引用↓↓↓

 弾く暇なんかは、まるでなかった。
 苦労の始まりだよ。
 たまぁに弾いても、うるさい、やめろって。

 バチなんぞで弾くと、音が立つからね。
 ぼそぼそと爪弾くのが、やっとのことさ。
 
  だから、雨の日、なかでも土砂降りが、どんなにうれしかったか、
 あんたにわかるかい。
 それってばかりに2階に上がり、時間をもぎ取るようにして、
 思う存分三味線を弾く。ざざんかざんざん。
 雨の音に紛れてしまうからね ━ 。

  私の祖母は、こんなことを語ってこの世を去った。
 94歳。華の生涯だ。

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小池さんのおばあさん(あたし)の話なんだな。
94歳。華の生涯だ。でグワっとくる。

さて、私の母も、明けて元日に94歳になる。

おかげで喪主挨拶で言う言葉が決まった。
「大往生。94歳。華の生涯でした」

うん? これじゃ来年死ぬみたいだな^^
100まで生きろ、と常々言ってるのに。
ま、94のところは適に。

そうそう、お寺の掲示板にはこんなのもあったそう。
「バレてるぜ」