こんにちは。親子育士の西野美佳です。

ご無沙汰しております。FBでご報告させていただきましたが、ブログのみご覧の方もおられるので書かせていただきます。

7月20日に義父が亡くなりました。

昨年秋の初めごろから身体に異変があり、病院を受診したところ、初めは何の病気かわからなかったのですが血小板の数値が極端に低く、病院に行くたびに血小板の数が減少していき、骨髄の病気だとわかりました。

「骨髄異形成症候群」

聞き慣れない病名でした。入院して検査をすると

「原発性骨髄線維症」

だと。

骨髄の随液が線維化していく病気で、血液が正常に造られない状態だと。

そこから輸血を繰り返し、入退院を繰り返し、7月2日に骨髄移植も行いましたが、正着の兆しがみられないうちに還らぬ人となりました。

義父は誰とでもすぐに仲良くなる人でした。

友達が多くて、何か困ったことがあればすぐに飛んで行って手伝ってあげます。近所の人にもそうでした。

子どもが大好きで、近所の子どもも自分の子どものように面倒をみたそうです。

知り合いのお孫さんを自分の孫のようにかわいがっていました。

義母のことを大事にしていました。

熱心なジャイアンツファンで、野球が大好きでした。

毎週末競馬を楽しんでいました。

コーラが好きでした。


西野家の嫁に来て、一番最初に義母が「私らはあんたのこと嫁やと思ってない、娘やと思ってるから。」と言ってくれました。

それから「今日は娘が来るねん」と嬉しそうに話していたよ、とご近所の方から聞きました。

一人息子の嫁に対して、こんなにも心を開いて迎えてくれるなんて、私は本当に幸せ者だと思います。

入院中、体調の悪い義母に代わって毎日見舞いに行きました。病室にも泊まりました。

でも、何にもできなかった…。自分の無力さを痛感するだけでした。

本当は“義”という文字を使いたくないので、お父さんと書きます。

お父さんは最後の最後まで辛いとかしんどいとか文句も言わず、頑張りました。

病院のご飯だけは食べにくかったようですが、治療については全部受け入れていました。

お母さんの体調を気遣い、台風のことを心配し、看護師さんにも気遣いを見せていました。


お父さんの訃報を聞いて大勢の方が実家に駆けつけ涙を流されました。

他所の子も自分の子のように育ててきたので駆けつけた人は皆「パパ!」「パパ!」と声をかけてくださいました。

ダンナは一人っ子だけど、一人っ子じゃなかった。

たくさんの人に囲まれて育ったんだとわかりました。

みんな自分の親が亡くなったかのように手伝ってくださいました。

「お父さんがそうしてくれてたからやで」

と。

お父さんが人のために一生懸命してきたことがこうして私たち家族に還ってくる。

全てお父さんのおかげでした。

今は感謝しかありません。

残された家族で支え合って生きていきたいと思います。