今日はやたらと長く、

 

暑苦しい私の日記です(笑)

 

 

 

 

 

私は、発達凸凹な子を持つママのために

 

仕事を始めようと思っています。

 

 

「ために」って言うと、

 

なんか偉そうですが、

 

 

何かできたらいいな、と思っています。

 

 

 

でも同時に、

 

 

できないかも、

 

できないだろう、

 

 

とも思っていました。

 

 

 

 

だって、

 

いつも書いているように、

 

私自身が現在、

 

Hのことでたくさん困ったり迷ったりしているし。

 

 

 

他の方のブログをのぞいてみると、

 

ご自身のお子様のために、

 

ものすごく熱心に、

 

活発に動いていらっしゃる。

 

 

 

私に、何が・・・?

 

 

と思っていました。

 

 

 

 

 

「思っていました」

 

と書いても、

 

 

「今は思っていない」

 

というわけではありません。

 

 

 

現在お休みしていますが、

 

カウンセリングの仕事でも、

 

解決できていなかった嫁姑問題については、

 

お請けしないと決めていました(^^ゞ

 

 

 

でも少し、気持ちと意識が変わりました。

 

 

 

 

最近わたしは、

 

とある児童発達支援&放課後等デイサービスの事業所で、

 

指導員をしています。

 

 

 

個人としてだけ仕事をしていこうと思っていたのに、

 

なぜ今の場所で現場復帰したかというと、

 

事業所がとても魅力的だったからです。

 

 

 

新規の利用者さんは、基本は入れません。

 

でも、定員にはなりません。

 

 

利用者さん一人につき、

 

職員を一人配置することが原則だからです。

 

採算は完全に度外視です。

 

 

 

 

私たち指導員は、

 

それぞれの担当する子たちに役立つ研修などを、

 

自己申告で受講することもできます。

 

 

 

プログラムは固定化しておらず、

 

本当に、オーダーメイド、

 

オートクチュールです。

 

 

 

集団療育はありません。

 

 

 

Hもこんなところで、

 

 

幼い頃から見てもらいたかったな、

 

 

と思うくらい。

 

 

 

 

 

 

でもね、

 

職員としてそこにいると、

 

ある点に目が行くのです。

 

 

 

親のケアです。

 

 

 

子供たちには手厚いけれど、

 

 

親のケアは、なされていない。

 

 

 

 

たぶん以前も書きました。

 

 

私が、Hを育てていて、

 

一番つらかったのは、

 

 

 

自分ってなに?

 

「この子にとって、私はなに?」

 

ってところです。

 

 

 

その時の私のいた環境(私生活)により、

 

 

自信を喪失し、

 

 

自分がいる意味が見つけられなかったことももありましたが、

 

 

 

Hにとって、

 

私は、

 

 

「いなきゃ困る存在」

 

 

とかではなさそうだということが、

 

辛かったのだろうと、

 

いま思うのです。

 

 

 

 

子どもは、3歳までに、

 

一生分の恩返しをする

 

なんて言われていますが、

 

 

 

正直、

 

そんなものはありませんでした。

 

 

 

私が抱っこしても、

 

ほかの誰かが抱っこしても、

 

何も変わらない。

 

 

基本、抱っこはいや。

 

 

私が抱くと、

 

のけぞって逃げる。

 

 

でも、

 

ほかの人だと、

 

抱かれていたり。

 

 

え、なにそれ?

 

 

とか思ったり。

 

 

 

指導員としてだったらね、

 

 

「触られるのが苦手なのかな~

 

 ママだと安心して、

 

 嫌って言えるんですね~」

 

 

なんて言えそうだけど。

 

 

 

当時はそんなこと、

 

思えるはずもなく。

 

 

 

ただただ無力感のかたまりでした。

 

 

 

 

だから、

 

利用してくれる子たちのために、

 

どんなに勉強しても、

 

どんなにスキルを身に付けても、

 

 

 

「指導員」が利用者さんにできることは、

 

限られていると思っていなきゃいけない、

 

と思うのです。

 

 

 

主観的で個人的な思いかもしれないけれど。

 

 

 

ハンディのある子を育てるのは大変です。

 

言葉で言うよりずっと。

 

 

 

親は、これまでの人生がまるで変わってしまいます。

 

私ってこんなに嫌なやつだったの!?って思ったりします。

 

 

 

でもたぶん・・・

 

 

どこかでは、、、、

 

 

 

いっぱいいっぱいで気づかないかもだけど、

 

 

すごく、

 

我が子のことが好きなんですよね。

 

 

 

だからイライラするし。

 

 

クールダウンするために、

 

ちょっとは離れたいとか、思う。

 

 

 

 

これは、保育園や幼稚園でも、

 

先生たちの間の会話でよく聞くことだけど、

 

 

 

「親に余裕がない」とか。

 

 

「もうちょっと子供のこと見てあげてほしい」とか・・・

 

 

 

こういう会話がけっこうされています。

 

 

 

 

・・・他人だから言えるけど。

 

 

 

親になっても、言える・・・?

 

 

できる・・・?

 

 

 

預かっている子どもを大切に思うからこそ、

 

先生たちは、親の足りなさに目がいく。

 

 

 

預けているほうとしても、

 

そういうのって、

 

気づいてしまうんですよね・・・

 

 

 

「あ、わたし、

 

 ダメな親だと思われてるんだろうな」

 

 

とか。

 

 

 

え、、、暗いかな。

 

 

 

でも、そうだった。

 

 

 

 

子どもにとっては?

 

 

 

 

ダメなお母さんのかわりに、

 

支援する人がやってあげたら、

 

できるようになって、

 

しあわせになれるのだろうか。

 

 

 

 

今のところ、

 

私の答えはNOです。

 

 

 

そんなことをグルグル考えていて、

 

 

私は親としてダメダメだから、

 

 

ほかのお母さん(おとうさん)のケアなんて、

 

できるわけないだろうと思っていた気持ちに、

 

 

少し変化が起きました。

 

 

 

 

色んな知識や経歴のある先生もいる。

 

 

 

でも、感覚としては、

 

 

実体験としては、その人たちは

 

 

分かっていない部分もある。

 

 

 

先日も、事業所を一日休業にして開催されたスタッフミーティングで、

 

あまりに暑苦しく、親のケアについて語って、

 

帰宅後すごく後悔しました。

 

 

仕事してても、気持ちが入ってしまう自分はダメなんじゃないか、なんて思っていたけど、

 

 

 

子どもの支援をするときに、

 

自分が一番になるようなのは、

 

私はやっぱり最善とは思えないな、

 

と思いました。

 

 

 

昔、学校で支援をしている時にも感じました。

 

 

子供にとって良いことは、

 

 

親を応援して、

 

 

子どもを取り巻く環境を整えてあげることではないかと。

 

 

 

 

先生や指導員は、

 

 

一生関わるわけではないのですから。

 

 

 

 

そして子どもは、

 

 

お母さんのことが大好きだから。

 

 

 

お母さんが幸せに、

 

 

自分といてくれることが、

 

 

きっと何より安定につながると思う。

 

 

思いたい、、、

 

 

 

 

”ママがママを支えていく”をモットーとしている

 

発達凸凹アカデミーの講座を

 

少しずつ開催していこうと思っています。