これまで、
主に娘の診断までについて書いてきました。
自分で振り返るため、
という目的もありました。
いったん、
これで終わりにしようと思います。
健診で保健師さんにも違和感を感じられつつも、
医者の言葉にイラッとしてしまい、
一人で娘の特性と付き合っていた私。
最後に、
診断へ踏み出した一歩は、
「服が着られない」
= 感覚過敏
でした。
たとえば、
幼稚園で決まっているスモックが着られない。
腕のところや首にゴムが入っていては×です。
私も、理解できるので、
無理強いは基本、
しませんでした。
「いやだよねぇ」
「気になっちゃうよね」
「わかるわかる」
としてきました。
肌に触れる内側に、
刺繍の出ていないもの。
縫い目の刺激のないものなどを
着せていました。
私が学校で仕事を始め、
夫(当時の)が娘の着替えをしてくれることも
出てきていました。
娘はオシャレ好きで、
1歳か2歳のころには、
自分で着る洋服を決めていました。
そして、
季節に関わらず、
園の予定に関わらず、
ダダをこねる娘に、、、、
当時の夫がキレて、
娘のお腹をたたきました。
娘、、、、
泣いたかな。
覚えていません。
もうこれはダメだ。
と私は思いました。
また書きますが、
このころ、娘は4歳。
言葉は話せるものの、
前後のつながりなどが支離滅裂で、
相手をしているこちらがパニックになるほど、
迷宮入りする会話をしていました。
「発達障害」についてのもともとの問題よりも、
二次障害について危機感を持っていた私は、
ついに自分で、
病院へつながろう
と一歩を踏み出すのでした。