2年前。
登校渋りもみられた小学3年生の息子。
その頃は「学校に行く意味ってなんなのか?」とよく言っていたんですよね。
色々ありながらも、今では登校渋りはなくなりました。
ある日、
これからの学校ってどうなるんだろう?
という話を息子としました。
オンラインで授業が受けられるようになり、どこにいても学べるような時代。
普段教わることができない(場所や立場的なもの)ような人から学ぶこともできる。
学校に行かなくても学びは得られます。
学校へ行く、
行かないの自由。
何を学びたいか、
どこで学びたいか。
教育に関するこれまであった「当たり前」の変革時期がやってきているんだろうなと感じています。
子どもはどうなんだろう?
どう感じているんだろう?
小3の息子は
オンラインで勉強したりできるようになってきたけど、
でも、これと学校は別だなって
思う。
勉強はさ、
オンラインで全部済むと
思うんだけど、
体育とか、
お楽しみ会とか、
休み時間とかはさ、
学校でやる方がいいなって
思うんだ。
ドッジボールとか
サッカーも
オンラインでやれるとは
思うけど、
そういうんじゃなくて、
一緒に直接やる楽しさって
あるんだよ。
全生と直接話をする楽しさとか。
オンラインの先生とはまたちょっと違うし、
学校の先生みたいな先生も
大事だと思う。
学校に行きたくない人は
行かなくてもいいんじゃない?
友達や先生と
話をするだけのために
学校へ行くっていうのも
いいと思う。
みんな
得意なことも苦手なことも
違うもんやし、
色々選べるようになったら
いいのにね。
学校に行きたいけど
行けない人は、
行くことも行かないことも、
何をするかしないかも、
ぜーんぶ
自分が決めていいんだ
ってなったら、
気持ちが楽になって
やりたいようにやれるようになると思う。
そんなことを言っていたので
「じゃあさ、自分でやりたいことがわからなくて、選ぶことができない人達はどうするの?」
と聞いてみたら
だから、
今まで通りの学校も
必要なんだって。
それがやりやすいっていう人もいるでしょ?
あれがダメと言って
無くすんじゃなくて、
選べることを増やせば
いいだけなんだよ。
「学校へ行く意味とは何か?」をずっと言っていた息子が考えることが、私の想像とは違ったので驚きました。
子どもの考える「学びの場」を聞いてみるのも面白いです。
子どもたちにとって「多様性」は、私たち大人よりももっと身近にあって、理屈抜きで理解できているように感じます。
個別最適な学び云々と、文科省の中でも議論されていますが、子どもたちの声を聞くといいのかもしれません。
