(※タイトルを可愛くしてみましたが内容は大して可愛くありません
)
そろそろ志望校を考えはじめたわが家。
「志望校選び、まずは偏差値を気にしないで探してください」
どの先生も、涼しい顔でサラッと言う。
これ、中学受験界隈の方であれば誰しもがきいたことのあるワード。
偏差値帯に縛られると選択肢が狭まるから。
子供の伸びしろは未知数だから。
それはわかる。全部わかる。
ただ、それって本当にそうしていいの?って思うんです。
だってさ、富士山登るのと、エベレスト登るのは違うよね?
登れる山かどうかくらいは前提で考えないのか、と。
しかも、選ぶのは親だけど、登るのは子供だし?
実際、これから伸びる可能性がある山なら全然アリだと思うの。
でもね、極論、偏差値30の子が偏差値80の学校を志望校にするのは、現実的ですか?って思うんです。
(※志望校にすることを否定したい訳ではありません!熱望されるのは個人の自由です。あしからず!)
それともこれって「偏差値を気にするな」は建前で
親が空気を読んでね!自分でかんがえてね、よろしく!ってこと?
それはリームー!
塾の先生こそたくさんの生徒をみて教えてきているんだから、
あきらかに登れない山は、みえるよね?
ちなみに私は、今までの塾の面談で
息子の持ち偏差値に対し、上から下まで幅広い学校名をあげるようにしている。
すると先生は、上位校の話になると
「それでしたらこのクラスキープしてください」
など、基本的には勉強法やクラスの話をするんです。
いけます!ちょっと無理です、とは言わない。
つまり、行けるのか行けないのかは、よくわからない。
ただ、持ち偏差より20下の学校名を出した時だけは、違った。
「そこは安全校ですね」
とサラッと言われた。
だから、やっぱり先生側には子どもの「現在地」は見えているんだな、と思う。
でもその一方で、
「狙えるかもしれない山・狙えない山」は、やっぱりぼやけたまま。
いい学校、いい先生、いい先輩や仲間たち。そんな環境に子供をいれてあげたいのは親として当たり前。
小5の志望校選びは、その目標を原動力にモチベーションを維持させるためなのか。
実績把握のための、塾側の都合なのだろうか。
夢みた私と子供は、いつか現実に直面する日がくるんだろうか。
来月、塾で面談がある。
その面談が、夢をみる場なのか現実をみる場なのか、正直よくわからない。
だからこそ私はきいてみようと思う。
この子の射程範囲はどの山ですか。
夢みていい山はどの山ですか。
モヤモヤはいつ晴れるのか。
この梅雨空とともに、今日も明日もモヤります~★
登れる山を探しながら。
(←急にむりやりまとめちゃう
)