突然ですが、先日、組分けテスト国語の見直しがようやく終わりました。
わが家では、国語の見直しをするとき、
まず子どもと長文を読み直し、問題を一緒に解き直します。
解くときは、私が解説を入れつつ、答えを導きだすスタイル。
するとどうでしょう。
試験では解けなかった問題も、なぜかスラスラと答えられるのです。
「ほら、落ち着いてやればできるじゃん(^^)!
国語ってちゃんとやれば解けるんだよ〜!
お母さんの解説、わかりやすいでしょ♩」
そんな軽い会話を交わしながら、終わろうとしたその瞬間、
息子が、気まずそうに一言。
「お母さんの解説は、まとまりすぎる。」
…ま、まとまりすぎ?
聞くところによると、どうやら私の解説は、声のトーンや抑揚で答えがわかってしまうんだとか。
例えば、
「下線部①の具体的内容って、この前に書いてあると思う?後に書いてあると思う?」という発言。
この「あ・と・に」の言い方で、もう答えがわかると。
ほかの問題も全部そう。
しかも
母の解説は、解説されすぎていて自分で考えられない。
もっと自分に考えさせてほしい。
車のナビで例えると、目的地(正解)まで最短ルートを案内されてしまう感覚。
「ルートをもっと霞ませてほしい」とのこと。
…。
いやいや、試験で出来てないから、
こちとらわかりやすく解説してるんだが?
わかりやすいから嫌って何様よ。
うまく解説できてたと思ってた自分がちょっと恥ずかしいじゃないか…!
いろいろモヤりつつも、ふと考える。
私自身、中学受験は「答えまでの導き方を説明してもらい、次に活かす」スタイルが合っていた。
でも息子は「答えに辿りつくまでの過程を自分で考えたい」スタイル。
親子でも、ここまで学習タイプが違うのか。
息子によく言うフレーズが頭をよぎる。
「わかったつもりは、わかってないのと一緒」
でも今回、いちばん子どもを”わかったつもり”だったのは、むしろ私のほうだったのかもしれません。
果たして、”わかったつもり”母は、息子を”わかる”母にアップデートできるのか。
乞うご期待です。