―「頑張っているのに、なぜか成果が出ない…」子どもの勉強を見ていて、そんな風に感じたことはありませんか?ー
こんにちは![]()
二学期が始まり、皆さん、どうお過ごしですか?
長いようで、短い、短いようで、長い夏休みの間、子どもと話したり、勉強を見たりしながら、改めて思ったことがあります![]()
それは、学校って教育の場であり、教育は選択肢を広げるためのものなのに、
なぜ学び方には選択肢がないの
(少ないの
)
ということです![]()
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皆さんも、「頑張っているのに、なぜか成果が出ない…」お子さんの勉強を見ていて、そんな風に感じたことはありませんか![]()
実はこれが原因の大きな1つになっているんじゃないかって思うんです![]()
人それぞれ、何を分かり易いと思うのか、何を楽しいと感じるのか、何を得意とするのか、すべて違うじゃないですか![]()
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それなのに、学ぶことも、学び方も同じって、やはり不自然だなと、今更ながら、今までいろんな人が繰り返しおっしゃっていることを改めて実感したんです![]()
で、さらに思ったのが、人間の素晴らしい特性が、勉強については厄介に働いてしまう点があるということです。この特性というのは、
環境への適用度の高さ![]()
にあるんじゃないかって思うんです![]()
環境への適用度が高いって、本来は素晴らしいことで、この結果、人はいろんな地域に適用し、広がっていったと思うのですが、こと勉強に関しては、教育をする側(大人ですね)の怠慢や傲慢さを招き、結果、教育というものが、
選択肢を広げるのではなく、選択肢を奪う選別になってしまっている![]()
のではないかと思えてきたんです![]()
なぜかというと、なぜかというと、また違う場面では、「頑張り」がなくても、できる子が入れ替わるからです。人間は適用度が高い分、それほど幅広い分野で得意なところを持ってないためです。
ここまでは、何ら問題ないんです。
また違う場面では、入れ替えがあるわけですから。
ここからが、問題です![]()
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こういう頑張っているにも関わらず、成果が出ない場合、教える側の大人は、 「頑張っていない」「不真面目」「努力が足りない」「やる気がない」など、色々なレッテルを貼っちゃうことがあると思うんです。これが大きな問題だなと![]()
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平成31年の東京大学入学式の祝辞で、上野千鶴子さんの祝辞があります。
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。」

