残される者が思うこと。 | 父と家族の末期がん闘病記

父と家族の末期がん闘病記

2012年6月末、当時65歳だった父が突然、末期の食道小細胞がんとの診断を受けました。
現実と向かい合うため、父との日々を忘れないための記録ブログです。


私が8月1日付で大分県の別府へと転勤となるため、一昨日・昨日と神奈川県の実家に転勤前の挨拶に行ってきました。



両親は私たち夫婦の訪問を歓待し、朝から三浦半島にツーリングに出かけていた父は、15時頃に到着した私たちとほぼ同時に帰宅。

家族4人で楽しい夕食を囲むこととなりました。



27日に受けた血液検査の結果、白血球の数値に問題がなかったとのことで、気持ち的には安定している様子でしたが、同時に退職届も出したとのこと。。。

あれだけ仕事が好きだった父の、複雑な心境を案じてなりません。



それにしても父の食欲は旺盛で、ランチは鰻を食べてきたんだとか!

大好きなお酒も相変わらずグビグビ飲んでいます。


傍目から見たら、本当に健康そのものなんだけどな。。。

30代前半の私よりも、よっぽど体力があるようにも思えるし。


一方、笑いながら

 「 最後は苦しんで死にたくは嫌だなぁ。 」

 「 俺が先に死んでも、ママは再婚しないでね。 」

 「 今を必死に生きないと・・・ 」

と話す父の言葉を聞くと、本人が一番自分の余命を実感しているのだと感じます。



その後、父が酔っ払って早く寝床についてしまったので、私と母と二人で開幕したばかりのロンドン・オリンピックを観戦しながら色々な話をしました。

我が家には、祖父母が残した遺産の相続問題が長年くすぶっており、長男である父が亡くなる前までには解決しておかなければならない問題だからです。


土曜の夜中に母と3時間ほど語り合い、翌朝(日曜日)に私から父へと、今の自分の考えを伝えることになりました。

いつもは明るい父も、このときばかりはじっと目をつむっていて無言でしたが、最後は


「 お前の考えは理解した。

 次回姉も含めて家族で方向性を確認したうえで、実際に動いて欲しい。 」


と言ってくれました。



父が内心、納得しきれていないんだろうということは分かっているけど・・・

(裏を返せば、だからこそ今まで解決に至ることが出来なかったのです)

父に隠れて秘密裏に事を進めることはできません。


父の心境を思うと罪悪感さえ感じてしまいますが、家族としての将来を考えればこれがベストなのだと、自分に言い聞かせました。

父のことも大切だけど、父亡きあとは残される母の生活を第一に考えていかなければならないし、その先は自分自身の生活を考えなければならないのだから。



生きていくって、やっぱり大変なことです。

人のことばかり・・・というわけでは、自分が生きていくことは出来ません。

自分の生きる土台がしっかりしていなければ、人のことを考える余裕も生まれません。



父の病が分かってから、人生について、いろいろなことを学んでいます。

不幸な経験からこそ学ぶことが沢山あるということを、身を以って痛感する毎日です。