中小企業診断士試験14回目の挑戦 -56ページ目

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の11回目の合格に挑む。


一般論というのは一般化された論点という事だろうか。

一般論と一般化を辞書で引いてみたが一般までしか載っていない。

『【一般】-てき 特にあるものごとを取り上げるのではなく、全体を同じように取り上げる様子。特別の場合は抜きにして全体に。』

藤井四段の連勝は止まってしまったが、藤井四段が子供の頃遊んだパズルが売切れたりしているそうだがこれも一般化の極端な例ではないだろうか。

 

 


いつも「こんな事している場合ではない」という意識に追い立てられていた。

そのような教育を受けたのかもともと持って生まれた素養かは定かではないが、例えば「部活動などやっていては大学受験の妨げになる」という事があった。

大学受験以外の事は全て無駄だという事になる。

やりたいことを我慢してきた気がするが実際には大いに無駄な事をしてきた。

40代までは人生の半分以上をパチンコに削り取られてきたといっても過言ではない。

大学受験はお世辞にもうまくいったとは言えない。

受験勉強中も何かに急き立てられていた。

つまるところ落ち着きがないのだ。

診断士の勉強は、そういう意味では落ち着いてやっているほうだ。

6年は落ち着きすぎではあるが。


「スルーする」という技と「現在は感じ方次第」という技が身につきかけている実感がある。

考えが浮かんだ事を確認するというだけで自分を客観視できた気がする。

少し、修行を積んだ僧のような気分になっているが、車を運転した時には人が変わった自分が確認できてしまう。運転している時は自分のOSが書き換わっているのではないかと思う。そうなっている事が運転する際には必要なのではないかとさえ思う。そうなっている自分を観察できているという事は少しスキルは上がっているのかもしれない。


40代前半までは全てにおいて勝ち負けが判断基準だった。

闘争心がみなぎりギラギラしていた。

いつでも剝き身の日本刀をスラッと抜いて物差しの代わりに刀で測る感じだった。

もちろん大体において負けているのだが、勝っているつもりになれるかどうかが重要だった。

良くも悪くもいまは手ぶらで歩いている。

世の中に色々な物差しを当てつくしたのかもしれない。

そんな事はあり得ない、今は物差しに代わる新たなツールを探しているところか。


試験対策を続けて得られた大きなものの一つににやり続ければ身につくことが実感できたことがある。

そしてやり始める前のできるかどうかの不安は無駄であるという事。

出来なかったらその時点で対策を考えるべきなのだ。

やりもしないで心配していてもしょうがない、出来ないからと言ってやめるわけにはいかないのだ。

至極当然な正論だが、それを実体験して実感することとそうでない事は全然違う。

試験対策をする前までは往々にしてやる前から諦める事が多かった。

やり続ける事でしか身につかないものはあってそれは効率よくやっても身につかず、やり続けたからこそみについてしかも値打ちがあるのだ。