よく言われることかもしれないが悪い習慣ほどすぐ身に付き良い習慣は身につきにくい。
止められないのは大体がやってはいけない事、やらないことが望ましい事である。
麻雀やパチンコが推奨されたらやりたくなくなるのだろうか?
10代の頃に漫画を読みなさい、文学作品など読んではいけない、と言われていたらこっそり文学作品を読んでいたのだろうか。
昔パチンコを打ちながら「これが仕事だったら辛いのだろうか」とぼんやり考えたが、三日くらい不眠不休で楽勝にできそうな気がした。しかしそこに高次欲求を求めたらどうだろうか。手出しできるのはハンドルの強弱だけで座り続けるのはさすがにつらいのではないだろうか。強烈なフィードバックは得られるかもしれないがそれは厳密にはフィードバックとは言えず、台の前に座っているのが自分でなくても良いと気づいたらそれまで楽しく打ち興じていたことが同じことをしていてもたちまち苦痛に変わるのではないだろうか。
逆に今苦痛だと思っている事でも内発的動機付けができれば次から次へと欲求が出てくるのだろうか。なんとなく出来そうな気はするがかなり高度な技術のようだ。
では勉強することに麻雀やパチンコで得られるような快感を見出すというのはどうだろう。
これはさすがに無理があるか。
意識的に勉強することに内発的動機付けをして勉強の欲求を起こすことが最良だろう。