紫陽花を見てきました。
晴れていたせいか、すこし暑そうに所々葉が萎れていました。
やはり紫陽花は雨が似合う。

雨が好きで、雨に打たれて一層美しくなり、雨に打たれすぎて腐っていく花。
枯れてしまった姿も、哀れで、風情があります。
耽美だなぁ…

紫陽花って面白い花ですね。
花のように見える部分は実は額で、花は退化しているようです。

土の性質によって額の色が変わるというのも有名な話かもしれません。
土が酸性なら青く、アルカリ性なら赤、という具合です。
リトマス紙の実験みたい。
紫陽花を見るたびに、ここの寺の土壌はアルカリ性だな、とか思っちゃいます。

ナウシカが、綺麗な土と水と空気があれば腐海の植物も毒を出さない、みたいなこと言ってたのを思い出します。
植物の色を変えてしまうほど土ってすごいんだなぁ。

それから、紫陽花は平安時代「しもくさ」とも呼ばれていて、一部の地域ではトイレの近くに植えられ、紫陽花の葉がトイレで使われていたとか…!
なんだかびっくりですね…
でもあの大きな葉っぱ、1~2mというもぎりやすそうな木の丈…
あながち間違いでもなさそうです。笑

また、紫陽花の根には毒があるとも言われています。
雨が似合うしおらしい花のイメージですが、なかなか一筋縄ではいかないですね。
そういう意外性があるから、やっぱり花って面白いし好きです。

美しいだけのものなんて、つまらない。
感性を抉ってほしい。
価値観を揺さぶられたいです。

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水は気体・液体・固体と、温度によって姿を変える。

小学校の理科の授業で習うことを、何を今更、という感じですが。

川が流れ、海にたどり着き、蒸発して雲になり、山にぶつかって雨となって森に降り、地下水が岩から滲み出て川となり、循環する。
水は、様々に姿を変えながらも、地球が誕生してからずっと変わらず「在る」ということ。

水って身近な存在なんですけど、よく考えてみたらすごく神秘的だなぁと、思います。

そもそも、地球ができる過程で水ができました。
太陽とのちょうど良い距離のために、蒸発したり凍ったりすることなく、雲になり、雨が降り、海ができたからです。
そして海があったからこそ、生命が誕生し、我々も今生きている。
水とは即ち、いのちの源なんですよね。


そして、姿を変えながらも本質は変わらない。
水ってそういうものの象徴でもあると思います。
Decaltのロゴにも、水がデザインされていますが、変わるものと変わらないものへの思いが込められています。
柔軟さを忘れずに、信念を持って生きたいです。


梅雨の季節は頭痛がひどくなったり何かと鬱陶しいこともありますが、それは所詮人間の都合でしかない。
晴耕雨読って好きな言葉です。
雨が降るのを止めることはできない。
農作物がダメになるかもしれないという不安がありながらも、一度降りだすと人間にはなす術がないんですよね。
だから無理せず、家にいる。自然には逆らえない。そういう昔の人のものの考え方が好きです。
昔の人の生き方ってアミニズムとも結びついていると思うんですが、またそのことは別の機会に書きたいです。

とにかく、空梅雨などということにならずに、たくさん雨が降ってほしいなぁと思いました。

先日誕生日を迎えました。

早いもので、もう29歳です。え、はや…

実は最近体調を崩していまして、ずっとブログの更新ができなかったのですが、少し余裕ができたので胃痛と闘いながら、少しずつ書いています。
年輪を重ねて大きく太くなっていく木のように、これも経験と思い、この機会に自分というものを見つめ直しているところです。


もうすぐ30歳という節目?の年になるのですが、そういえば20歳の時も25歳の時も特に何もなかったので、このままいくと30歳も何もないかもしれません。

節目って、結局自分で作るものなんでしょうね。
私の中での節目は間違いなく、Decaltに入った時です。
そこから自分を取り巻く状況がだんだんと変わってきて、自分自身の考え方も変わってきたように思います。

というわけで、年齢とは関係なく節目を作って、自分の人生をより良く変えていきたいです。