落語を聴くようになってスイカを買うようになった。やはり寄席や落語会というのは都内が多く、したがって都内で食事をしたりお茶を飲んだりという事が増えた。そんなに安いという店でなくともツッケンドンな接客の店が多い。体調が優れないようなら早退でもすれば良いと思うのだがどうやらそうじゃ無いらしい。
何処かのお金持ちが言っていたが最近は高いお金を出してもいいサービスを受けられない時代になってきたという。にこやかに接客してくるが馬鹿にしてるのが透けて見える事があるという。
都内の落語会が終わって疲れて地元に帰ってきて「すき家」に入ってその接客に感動した事がある。そんなものなのかもしれない。
「わたびき自動車」についてはかつての同僚が良く知っていて、何でも車の全塗装を頼むと暫く預かられ、厚さ10㎝以上にもなる依頼者のクルマの塗装を剥がした写真を見せられて丁寧な説明を受けるとの事だった。「お客様の車の塗装を剥がしたところ、これこれこの様に多量のパテが盛られておりました。ついては修理の方法なのですが…」とそれはそれは丁寧な説明だそうだ。車のオーナーは見せられた写真に写っているパテの多さに愕然とし、またその論理的で丁寧な説明に全幅の信頼を置いたという。仕上がった車は深い光沢を放っていてボディパネルに映り込む照明に歪みひとつ無く大満足だったという。
先週の土曜日に、あきる野市にあるデントリペアのショップ「デントリペア ナガサキ」に行ってきた。
ある日、クルマを洗車していて左フロントドアと右リア ドアにエクボがあるのを発見した。何処かの駐車場に停めた時に隣に停めたクルマの乗員がドアを思い切り開けてヅラかったんだろう。鉄板まで見えるような傷ではなかったのでそのうち直しに出そうと思っていて数ヶ月過ぎた。もうそろそろと重い腰を上げた次第である。
9時に予約を入れていたので少し早めに出たのだがカーナビを頼ったのがマズかった。工事渋滞にはまり7分程遅れて到着してしまった。
作業の説明を受けてすぐに作業にはいってもらった。
ウインドウを少し開けるとウインドウガラスの縁を養生してプラスティック シートでガラス面を更に養生してドア パネルとウインドウの隙間からL字形のシャフトを入れて、ドア パネルの内側からグリグリとヘコみを出してゆく。側から見ているとまるでビニール シートのようにヘコみが直ってゆく。「もうすっかり直りましたね」と言うと「いえ、まだこれでも80%です。」という。更に表面からゴムの貼られた小槌で丁寧にトントンと形を整えてゆく。ヘコみとは言いかえれば谷である。裏からヘコんだ部分を出してゆくと、谷は山となり山の裾野よろしく周辺も引っ張られて出っ張ってゆく。言ってみればど根性ガエルのぴょん吉が頑張ってる時のようになる訳だ。山と言っても今度は必要最小限のなだらかで低い丘程度のもので、これを修正するのに小槌の登場となるわけだ。最後にコンパウンドで下手人の残した塗装痕を引っぺがすとヘコみが何処にあったのかすら解らないくらいになる。同じ手順で反対側もやってもらう。その出来栄えには惚れ惚れする。
クルマの塗装というのは自動車会社の工場でやったものが最高で、言いかえると自動車会社の工場以上のものは町の板金塗装工場では逆立ちしても出来なかったりする。あれは驚く程均一で薄く強い塗装なのだ。クルマの塗装は単にフアッション性だけでは無く、鉄板を錆びから守るという重要なミッションをも与えられている。
昨今はカーショップなどでも様々なワックスや汚れ落としのケミカルが発売されており、自動車メーカーの塗装担当はユーザーによるワックス等の攻撃に如何に耐えらる塗装を施すかを命題に考えられているというマッチポンプみたいなハナシもある。故に余計なワックスがけなんかは極力しないで、水をたっぷりと使ったシャンプー洗車がクルマの塗装の為にはなるのかもしれない。
話は逸れたが、普通の板金塗装修理はパテを使って平滑にしたところに再塗装を施す。これはプロが見るとすぐに馬脚を現すところだが、板金塗装をしたクルマは下取査定が下がってしまう。ところがこのデント リペアなら修理の痕跡が残らないという副次的なメリットがある。
副次的と言ったのはそれ以上のメリットがあるからだ。それはキレイになったクルマには人はずっと乗っていたいと思うという極めて単純な理由があるからだ。
丁寧な説明と仕事に思わず「わたびき自動車」を思い出してしまった。
クルマというものを考えた時に、やはり主体は人だという本質に辿り着く。
たとえばお気に入りのランボルギーニの写真があったとする。それだけだと斬新なデザインの単なる車でしかない。
ところが運転席にタキシードを着た男が座っていたらどうだろう?それだけでストーリーがはじまる。
つまり人とクルマのストーリーというのがクルマの本質なんじゃないかと勝手に思っている。ジェームス ボンドしかり、コロンボしかり、人とクルマのストーリーはクルマの値段とは比例しない。
「わたびき自動車」にせよ「デントリペア ナガサキ」にせよ、失ったものを取り戻す、つまりは元へ戻すという一見地味な作業が、実は人とクルマのストーリーの心強い助っ人なんじゃないかと思う。
最高の満足は意外に近くにもあったという東京の外れでのオハナシ。

