幽霊と宇宙人には遭ったことが無いが未確認飛行物体は見た事がある。それでも真っ黒い四角い飛翔体であって空飛ぶ円盤を見た訳では無い。
ついでに言うと、夜中に一人で残業をしていて誰も居ない筈の事務所の二階から足音のようなものが聞こえたと思ったら事務所にある電話が短くチンと次々に鳴ったりしたりもした。
こういう時にビリーバーな人だとすぐに心霊現象に結び付けるのだろうが、根っからのへそ曲りの自分は、ああ木造建築の昼夜の温度差による木材の伸縮によるキシミ音だろうとか、電話線の接触不良だろうと思ってそのまま仕事を続けた。要は考え方ひとつなのである。
思えば試練だの壁なんていうのも考え方でひとつで、むしろ壁なんていうのは自分がこさえてる事が多い。
雨が多い日が続いていたが、先週の土曜日あたりは見事に晴れ渡り、絶好の落語日和となった。思えば一週間も前の話だ。
この日の師匠はひとつの壁を乗り越えたかのようないい高座だった。
開口一番は三遊亭わん丈さんで「寄合酒」を演った。わん丈さんの噺は元ロック シンガーだけあってテンポが素晴らしい。一度字に起こしたものを暗記するというよりは、リズムとメロディーで覚えている節がある。だから言葉が活きている。前にも書いたが黒門亭での「やかん」などは、そこいらの二つ目さんは敵わないだろうというくらいの勢いがあった。だから講釈ネタなんかぴったりなのだろうが、今こそ地味なネタを演ったほうが将来活きるような気がした。お見事でした。
さて、我等が菊龍師匠の一席目は「代書屋」。つい最近末廣で権太楼さんのを聴いたばかりだが、マクラを電車から入って代書屋をやった権太楼さんのより丁寧に思えた。我々が車の免許を取った時分は代書屋さん全盛期だったが、今の人からすると無筆の男が代書屋へ、なんて設定自体日本の出来事とは思えないかもしれない。師匠の噺には福山雅治が出て来たが、ちょいと違う名前になってしまったが充分福山雅治をイメージさせるところが凄い。始めからお客さんに受けていた。
さてこのまま二席目へと突入する。「だくだく」である。これは前回の稽古会でも演った噺であったが、より丁寧になっていたようにおもう。この家の男も近眼の泥棒もどっちも間抜けな訳だが、どちらも相手よりはマシだと利口ぶって盗んだつもり、槍でエイと突いたつもりと畳み掛けてゆく。ここがまさしく見せ場であり、最後に向けてテンポに拍車がかかってゆくのが楽しい噺だ。
ここでお仲入り。
さて三席目は「らくだ」である。
登場人物の中で一番気の弱い屑屋さんの豹変ぶりが楽しい噺だ。
もう皆らくだが嫌いで嫌いでしょうが無い。らくだの話となると顔色が変わってゆくのだが、らくだが死んだと聞いた時の大家たちの表情の変化が素晴らしかった。本当に嫌な顔から満面の笑みになる間合いがたまんない!これは今までに無い絶妙な間合いと差であり、師匠が新境地を切り開いた瞬間を見た気がした。そしてこの段階てでこの噺の成功が決したと言っても過言では無い。これにはお客さんが大きく反応していた。もう、こうなると死人にカンカンノウを躍らせるとこでは大爆笑である。この日のらくだは師匠としても大きな一歩だったのではないだろうか。高く聳え立つ壁を粉々に吹き飛ばしたような爽快感があった。
素晴らしい一席であった。
そんな夜の師匠は銘柄は何であれ、勿論美酒であったのは言うまでもない。