忘れもしない、かれこれ24年も前の9月29日の夜、ヘトヘトの体を引きずって渋谷のジャズ喫茶に向かっていた。
前にも書いた事があるが、月曜から金曜まで本業で、土日にサイドビジネスで渋谷の場外馬券売り場で働いていて365日働き続けていた時のハナシである。
リクエスト カードにマイルス デイビスのラウンド アバウト ミッドナイトと書いてドップリとマイルスのミュートに浸った。店を出る頃にはすっかりパワーを取り戻していた。
帰宅してテレビのニュースを見て愕然とした。マイルスが亡くなったという。

あれから24年、土曜日は絶好の落語日和(行楽日和であるのを知っていてあえて)となり、内幸町ホールで開催された「第21回 圓菊 GINZA LIVE」に行って来た。
今回は圓菊の遺伝子を弟子達が引き継ぐというキャッチ フレーズでの開催だ。

開口一番は橘家かな文さんで「道灌」だ。まだまだこれからが修行の身となる前座さんなので、滑舌などはこれから良くなってゆくのだろう。これからどう成長をしてゆくのだろう。

さて、一席目は古今亭菊志んさんの「風呂敷」である。このお方、結構最前列のお客さんをイジルのだが、そこが掴みでグイグイ引っ張ってゆく。この馬鹿馬鹿しい噺を菊志んワールドで引っ張ってゆく。
いつもながら楽しい高座だった。

さて二席目は古今亭圓菊一門の惣領弟子、我らが菊龍師匠だ。ご案内の「黄金の大黒」を見事に演りきった。やはりこの日の出演者の中で最も聴きやすい声であった。内幸町ホールくらいだとマイク無しで充分な声の大きさだ。怒鳴って大きな声を出すのは誰でも出来る。オーディオ的に言うとエネルギー バランスを崩さずに音量デシベルを上げるのは高性能なオーディオ装置でなければ出来ない。こういう事が当たり前に出来るのは昔ながらの噺家さんで、きちんと地味な稽古を積み重ねなければ出来ない、つまりは基本がしっかりしているという事だ。嘘だと思ったら歌舞伎役者さんにでも聞いてみるといい。
「黄金の大黒」は圓菊師匠のオハコであり楽しい噺だ。長屋の連中の可笑しなことといったらない。この長屋の連中の言動にお客さんは受けていた。これは前回の横浜の会と同じで師匠の表情の豊かさによるものでもある。素晴らしい高座でした!

さてお仲入りの後はトリの菊生さんで「子別れ 中・下」である。
登場の時の菊生さん、親父さんの圓菊師匠にそっくりの横顔だった。
表情も良かったが、いいテンポで会話が弾む中所々間がありこれが気になった。この間は少々多すぎるように思えた。これで講談のようなテンポを身につけたら相当に良くなるように思えるのだが。「やかん」みたいな講釈ネタをバンバン演ってはどうだろかと素人ながら思ってしまった。
「子別れ」は噺が良く出来ているので泣ける。トリとしていい噺を選んだなと思った。

実はこの日は3時に仕事が終わりヘトヘトのところ、大急ぎで地元に帰り電車に乗って新橋に向かったが、慣れない新橋で会場までの道のりに迷い、疲労困憊になって会場に入ったが、会が終わった頃にはすっかりパワーを取り戻していた。

どうやら疲れには肉体的疲労と精神的疲労があり、健全に保つにはこの両方に頓着すべきであるのを24年ぶりに思い出した次第である。
しかるにお気に入りのアーティストや噺家さん、アスリートというのは客にとっては医者と同列にいるともいえる。

さて、こうして期せずして精神的疲労の回復の為の怒涛の週末の火蓋はきっておとされた。

さて、翌日も…