寒の戻りというにはあまりに激しく、つい数日前には雪も降るほどだったが、この日の会が始まる前には朝からの雨もあがり、師匠の晴れ男ぶりを発揮した。
今回は10回記念ということで、いつもの赤井温泉から磯子区にある杉田劇場での開催となった。
この日かけつけてくれた自分の元同業者の人から、美空ひばりは磯子区の出身でこの杉田劇場は美空ひばりが初舞台を踏んだ劇場だと聞かされた。
この日裏方さんのお手伝いをさせていただいた関係で楽屋でゲストの紫文さんとその話をしたのだが、だったら「美空劇場」にすりゃあいいのにね、などと紫文さんが話していた。美空が駄目ならミソラで音符の意味だとすれば良いと。
さて、この日の開口一番はこの会では御馴染みの三遊亭わん丈さんで「時そば」を演った。相変わらずの前座さんらしからぬ堂々とした話っぷりであった。この噺を演る時、多くの人は蕎麦を食べる時の所作に注目し、また演る噺家さん達もそこに注力する人が多いのだが、それだけじゃ不十分だ。簡単に言うとウルトラマンと同じだと思う。9割あるドラマ部分をきっちりやるからこそ残り一割の特撮シーンが活きるのだとおもう。「時そば」はシンプルなストーリーだからキャラクターに実は注力すべきなんじゃないだろうか。
そういう意味ではわん丈さんはお見事であった。
さて、いよいよ我等が菊龍師匠の登場だ。まずは御存知「宮戸川 上、お花半七馴れ初め」だ。
一般に演られていて音源も豊富なので皆さん御存知のこの噺、上だけ聴いても実は何故この噺が宮戸川なのかわからない。上はいわば半七お花の自己紹介みたいな部分な訳だ。
この日の師匠はもう名人のような存在感だった。声質もテンポも全く違うが、志ん朝師を彷彿とさせた。なにか舞台劇を観ているようだ。師匠が話すと何も無い舞台にザーっと雨が降る。カリカリカリ、ズドーンというとそこに雷が落ちる。メディアに取り上げられてるとかそういうもんじゃ無い。お客さんの想像力を喚起させるのが名人だと自分は思っている。刀の世界を見りゃ一目瞭然だ。鑑定書、折り紙、鞘書きなんてもんで刀の良し悪しを判断するなんてのはトウシロウもいいとこでいい笑い者だ。無銘だろうがなんだろうがいい刀はいい刀だ。これを大人の分別というならば、紙(鑑定書頼みで)見て刀を判断するのをトウシロウ、または野暮と江戸では言う。
さてこの噺、ここ数回稽古会で観てきたのと比べると微妙に違うところがあったりして、これもまた楽しい。東北沢の稽古会も来てご確認いただくと楽しいかもしれない。かように噺は出来ていくというのがわかる。
さて、続いては「宮戸川 下」だ。
これはなかなか演る機会は無いんじゃないだろうか。昭和に入って古今亭では志ん生師が演った。
ここから小網町の半七の父親も登場、その堅物ぶりが明らかになる。
悪い二人にさらわれて、ドボンとお花が沈められたのが宮戸川だ。今の隅田川下流、山谷堀から駒形あたりまでをいう。
聞き所は酔って自らの悪状を話す二人と半七の対面、芝居掛かりになるところだ。
これは師匠の研鑽のたまものだ。芝居掛かりの部分もやりきった。こうでなきゃあ。
結果本当にいい噺となった。
ここでお仲入り。
ゲストの柳家紫文さんで「粋曲」だ。
寄席でしか観た事は無かったがこの日はタップリ演ってくれた。御存知、長谷川平蔵も演って会場を湧かせてくれた。また、途中、志ん朝師の出囃子でもある「老松」も入れ込んでくれてこの会にさりげなく花を添えてくれた。
さて続いては菊龍師匠が再度登場、「花筏」を演った。
この噺、主人公は花筏関にソックリな提灯屋さんではあるが、師匠の噺だと対戦相手の千鳥ヶ淵大五郎もユニークなキャラクターになっている。両者の対戦シーンは緊迫感がこちらまで伝わってくる。
とてもいい噺になっていた。
締めは師匠の「奴さん 踊り」で幕を下ろした。
この日、少し裏方のお手伝いをさせていただいたが、会場はデカイのに主催の金沢高校落研部OB会の皆さんのテキパキとした段取りに驚かされた。手馴れたもんである。流石、円生、志ん朝師らの会を仕切ってきただけある。
また、会場の大きさから集客も心配したが、ロビーで待っているとエスカレーターでドンドンお客さんが来るのには驚いた。打ち上げでOB会の方が言っていたが、開場前に駅近くで、とあるグループがこの会の話をしていたと聞く。それは明らかにOB会の関係者では無かったと。段々とこの会の事がご当地に浸透してきているのだろう。しかし、もう定年を超えたOB会の方々ではあるが、その集客力、組織力は今の若い人達を軽~く凌駕していた。
菊龍師匠はいい御仲間を持ったものだ。
かくして記念すべき第十回古今亭菊龍の会は盛会のうちに幕を閉じた。