昨日うちの老夫婦を連れて東京スカイツリーに行ってきた。

スカイツリーには駐車場があるようだが、週末なので混んでいると嫌なので浅草に車を停めてまずは浅草で腹ごしらえである。
お気に入りのとんかつ屋でロースかつ定食をいただいた。この店はごった返した仲見世通りや新仲見世通りとは違い、人通りの少ない道の更に路地を入っていったところにあり、静かで清潔感がある店だ。観光客も見たことが無く、地元の人と思われる人ばかりだ。ここのとんかつは綿実油で揚げていて口当たりがサッパリしていて、肉が柔らかい。この店は観光客に荒らされないようにそっとしておきたい。

さて、東武浅草駅からとうきょうスカイツリー駅に向う。浅草から一駅だ。駅を降りるとすぐにスカイツリーだが展望台に行くまでの順路がわかりづらい。
なにやら4階まで登るらしいのでチケットセンターの案内表示どおりの方向に行くが4階の外に出ると案内表示が無くなる。係員に聞くと奥の白いデントの下で整理券をもらってからチケットを買えという。3時に整理券をもらい、整理券には17時30分に集合して並べとあった。仕方ないのでソラマチ商店街などで暇を潰してから集合場所に向った。
チケットカウンターに行くまでクラウド コントロールであっちを曲がりこっちを曲がりしてさんざん待ってチケットカウンターに辿り着いたが、知らない外人などはチケットカウンター近くの入り口からサッと入ってきてチケットを買っていた。とにかく案内が不十分だから仕方ない。英語でチケットと書いてあればそこに向かうのも無理は無い。
とにかくこのスカイツリー、駅から降りてからの動線がメチャクチャだ。これは六本木ヒルズと同じで腹立たしい。どうして利用者の立場になって考えられないのか。最近のトイレの表示もそうだが、スタイリッシュにやってるつもりだろうがこういうのを幼稚なデザインと呼ぶ。
さて、エレベーターに乗るとうちのおとっつぁん、何妙法蓮華経、何妙法蓮華経とはじまった。熱心な仏教徒でもなんでも無い。途中でお宗旨違いに気がついたようだ。高所恐怖症である。展望台につくと柱にしがみつきしゃがみこんでしまった。
おっかさんは大の高所好き。窓からバチバチ下界を撮影して喜んでいる。
おとっつぁん、いよいよ震えが酷くなり床がグラグラするというので仕方なく、降りて来た。
全く何の為に行ったことやら。

さてこのスカイツリー、真ん中にしっかりとした筒状の構造体があり、これをトラス構造のパイプで囲って支えているようである。
また、一見したところ東京タワーがリベット工法であったのに対し、スカイツリーは溶接工法のようだ。リベット工法から溶接工法への転換は造船の場合もっと早くに行われており、乱暴に言ってしまえば戦艦大和あたりまではリベット工法だ。溶接工法だと軽量化と強度、そしてコストをおさえることが期待されるが、初期のアメリカの溶接工法の船は良く沈んだというから大丈夫なのかと思ってしまう。
兎に角、溶接はその出来が外観からわかりづらい。
スカイツリーの高さは東京タワーの約倍の634mというが、その割りには下のほうに踏ん張りがないデザインだ。刀をモチーフとしたといわれるデザインはむしろ安いボールペンが突き刺さったようだ。

先の東北大震災の時に職場近くのコストコ ホール ストアの立体駐車場へのスロープが落ちて犠牲者が出てしまった。数ヶ月は手付かずのまま花束があったが、これだけ建築工法が発展してもこれである。おそらくはコスト優先でやった結果だと思うが、かように建築に関してはコストと意識のバランスを問われるものなのである。

東京スカイツリーには日本人の高い技術よりは意識のほうを期待したい。