一歩外に出ると電子レンジの中のような暑さで、これで小麦粉とバターとレモン汁を加えると人間のムニエルが出来上がるんじゃないかという暑さの中、仕事帰りに下北沢の稽古会に向かった。

本来なら東北沢での稽古会であるが、会場の修繕工事で暫くは若者の町下北沢での稽古会となる。

今回もこの暑い中、遠くは栃木の方までご来場くださった。

さて、この日の師匠は暑さもあって稽古もはかどらず、特に演目を決めて来なかったということだったが「真景累ヶ淵 豊志賀の死」を演った。夏なので持ってこいの噺だった。この噺は以前にも稽古会で演ったが真景累ヶ淵は相関関係が難しいので前回はお客さんがわざわざ相関図を作って配ってくれた。

「豊志賀の死」は豊志賀とお久、新吉のいわば愛憎劇であるが、人の怨念というものの深さが滲み出る噺だった。流石は師匠、随分演ってなかったというのにいいテンポで噺は進んでゆき、途中ドキッとする場面もあった。
特に豊志賀の哀れぶりが深く描かれており、怨みのほどに迫るものがあった。

さて、二席目は「ねずみ」を演った。お客さんからのリクエストのようだ。この噺も随分演って無いとの事だ。
伊達政宗でお馴染みの仙台が舞台で、ご存知左甚五郎の出る噺であり、基本的に「抜け雀」と変わることが無い。この貧乏宿屋が絵や彫り物によって宿屋が繁盛するという噺は多いようだ。ただこの噺、早い段階でこの客が高名な左甚五郎だと面が割れる。これは「抜け雀」との大きな違いで、言ってみればハナからあいつはウルトラマンだと知って戦う科学特捜隊員か、最終回にゼットンと戦って死んだ後にあいつはウルトラマンだったのかとわかる違いくらいの差はある。
そういう点では感情移入させるのは難しいと言えるだろう。
虎屋の後妻と番頭の意地悪ぶりとねずみ屋の主人と息子の性格の良さの対比が凄く良かった。悪は底意地悪く、いいやつはほんとにお人好しに、この両極がしっかり描けるか否かが噺の肝じゃ無いかと思う。
お見事であった。

今回のこの会、怪談噺も入り暑さを吹き飛ばすようないい会となった。
次回も下北沢となるらしい。