今日は父の命日で昨日から実家に来ています。

今日で5年経ちました。


父の死から立ち止まったままのような母と兄の暮らしに批判的になっていた頃もありますが、本当は私自身が一番悲しみが癒えることを拒んでいるのだとわかってきました。


入院中や、死の直前の数分の父の苦しみを思うと、父を亡くした悲しみや寂しさをどれだけ感じても足りないような気がしていました。

残された私達がたくさんたくさん悲しんで苦しまないと、父が苦しみから解放されないような、そんなバカなことを考えていたんだと思います。


父は決してそんな人じゃないのに。


きっとこんな私に笑顔で
「ばぁかが。お前がそんなこと気にせんでいい。もうワシは苦しくもなんともない。死んだ親のことなんか心配せんでいい。」と、言ってくれていると確信がありです。

だけどまだ父のことを思うと涙が流れます。



人は誰もが生まれた瞬間から死に向かって生きているのに。
そんなことも忘れて父だけが無念な亡くなり方をしたような気になっていました。



今年の命日には今までより少し前を向くことができたような気がします。