マルチリンガルシモネタ研究会の3回目のネタは、日本語のほうが恥ずかし~い言葉の場合である。

嫌悪感を感じる方はスキップしていただいて構わない。しかし、音響イメージと概念は恣意的であることを再認識するための体験の場としてとらえて欲しい。

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15年ほど前のある日、日経ビジネスを開いたわたしは、はっと息を飲んだ。
なんと、そこには、恥ずかし~い言葉がデカデカと載っているではないか。

記事を読むと、普通の記事なのだが、たまたま会社名が日本人にとって変なだけ。
しかし、導入部分は、それを意識して書いている記者の顔が目に浮かぶようだ。もし、日本人の集団が大声で「XXX!」と絶叫したら、想像するだけで赤面してしまう。

日経新聞記事はこちら


この記事を何人かの友人に送ったところ、ほとんどの人が予想どおりのコメントを返してきた。
「すっごい名前の会社ですね!」とか「XXX~、久々の脱力ネタですね。」などなど。

ところが、天然で有名な後輩に送ったところ、こんな返事が返ってきた。
「『自分たちが毎日どれだけ進歩したか、目で見て分かるようにする。そうすれば何に焦点を当てればよいかが見えてくる。』・・・いい言葉です。とってもよい記事です。」
・・・とっても、正しい記事の読み方をしていた。

ところで、石油メジャーのエクソンは、自社の名前を決める際、候補を絞ってその候補に対して世界中でイメージ調査を行ったという。最終候補に絞られたのは、「エクソン」ともう一つ「エンコ」だったそうだ。日本市場の反応を考え、「エンコ」は不採用となり、「エクソン」に決まったそうである。

この会社にしても、エルメスの「カレーシュ」にしても、グローバルマーケティングができていないようである。

なお、沖縄にもこの会社と同じ名前の湖 があるそうである。ニュースで取り上げられた時、某有名女子アナは、固有名詞を口にせず、「この湿原」と読み替えていたそうである。