例えば・・・、と言いながらよい例が思い浮かばない。ちょっと英語ではないが、昨日の出来事を紹介しよう。
昨日は、WW会議の打ち上げと、産休に入る女子の送別会があった。打ち上げの方は、あいさつをし、そそくさと送別会へ向かった。
送別会で、ある中年の部員がひざ掛けをしていた。
わたし「Sさん、なんで、ひざ掛けなんかしてるの?」
中年部員「足が冷えるんで、Mさん(当の女子)のマフラーを借りてるんですよ。」
他の女子「加齢臭が移るのにねー」
わたし「カレーシュだったらいいのにねー。」
みんな「???」
ヒット率0%だったので、種明しをしてしまった。
わたし「『カレーシュ 』って、香水の名前なんだよね。確かゲランだったかな。」
あとで、確認したら、エルメスだったのだが。
その後の他の女子の反応が面白かった。
他の女子「えっ、そんな加齢臭の香水なんて、どんな匂いがするんですかぁ。」
わたし「違う違う、カレーシュってのはフランス語。」
あとで、手元のクラウン仏和辞典で確認したら軽4輪馬車(折畳式幌付き)とあった。
わたしの超オヤジギャグは10人中、一人か二人の理解度を目指しているため、0%のリスクもある。
ギャグを言っていることさえ気づかないことがあるのが、そいういうときはあえてネタばらしをしない。いくつかギャグを発して、その人の興味ジャンルやギャグ受容度を観察するのである。
また、こんなギャグがおもしろかったという話もあまりしない。ギャグとはその言葉それだけではなく、その場の雰囲気や話の流れ、相手との関係などで面白さが変わるものである。この点、ジャズのインプロビゼーションに似ている。
自分が面白かったと言うギャグを、状況の違う第三者に話しても同じ感動は与えられないだろう。そういう場合はネタとしてとっておいて、それが効果を発揮する場で再構成して発信する。
以上二点はわたしの超オヤジギャグの美学である。