すべては本来無価値。

すべてのものは、価値があると自分が信じることによってのみ価値がある。


誰が何に価値を置いてるのかなんて外からは絶対分からないし、他人がどうこう言える権利もない。

「人生論」を説く人って、なかなか信頼ならない。


たくさん金を持ってるから、努力して夢を叶えたから、逆境を乗り越えて成功したから、何が偉いんだろう。


その価値観はその人の中でのみ意味を持つんだから。


あなたたちの価値観は、みんなが共有できるものじゃないんだから。


みんな最後はひとりなんだ。


Stand by me.
僕のそばにいておくれ。

①人を幸せにする。→自分も幸せになれる。

②自分が幸せになる。→人を幸せにできる。


自分ひとりでは幸せになれない。だから「人を幸せにする」 ことで、自分が幸せになろうとする。



利他的なんかじゃない。究極の利己主義者なんだ。



人ひとり幸せにできないで何が人生なんだろう。


人ひとり救えないで何が人生なんだろう。


人ひとり笑わせられないで何が人生なんだろう。


ここに不幸を抱える人、Aさんがいます。Aさんは、希望が持てず仕事にも身が入らないかもしれません。

心の優しい人はAさんを見てこう思うでしょう。「何てかわいそうな人なんだろう」と。心を痛めます。

心の小さな人はAさんを見てこう思うでしょう。「見ているだけで不愉快だ」


ベンサム的に考えれば、Aさんは死ぬあるいは、みんなの前から消えるべきなのでしょう。


Aさんが不在なら心の優しい人が心を痛めることも、心の小さな人が不愉快になることもなくなり、社会の総幸福量は増大するのですから。


実際、ベンサムは、ホームレスの人たちをこのAさんとして想定しました。


もちろん、社会全体の幸福を考えての結論ですが。


功利主義には欠陥がいくつかありますが、すごく魅力的な思想ではありますね。


もし自由主義やロールズ主義が功利主義を乗り越える前に私が生まれていたとしたら・・・


私は死にたいと思うまでもなく、殺されていたかもしれないですね。


だから人を幸せにできる人間になりたいのです。