決心した。自分の心はとても辛いけれど、相手の幸せを思うならばこそ、この辛さにも耐えてみせよう。


たくさんのことを教えてくれたあの人に感謝しよう。出会えたことに感謝しよう。そしてあの人にとっての最善を私は願おう。あの人のことを愛しているのだから。


またまだ世界は灰色に見えている。しかし絶望する必要はないはず。
これがはじまりだ。

はじまりのおわりのはじまり。

今は、黒色の絵の具しか持ち合わせていない。でもこれから色んな絵の具を集めていこう。


まだまだ辛いけれど、まだまだボロボロになるだろうけど。


最近感じた幸せ。それは、自分の価値観に「共感」してもらえたこと、「共感」してくれる人がそばにいてくれたこと。


自分の言いたいことや気持ちが相手にきちんと伝わって、相手が自分と共鳴してくれたときの、このインターアクションはたまらなく、自分の生を気持ちよくしてくれます。


逆にこれが上手くいかないときに、人は「孤独」を感じるのでしょう。


世に言う天才たちの悲劇は絶対的な「孤独」にあります。彼らの「孤独」を思うと私はとても心が痛みます。(私は天才ではありませんが、人とはなかなか相容れない考え方をするという点では、同じ座標軸上に位置している気がします。)


アダムスミスは「人は共感したがり、されたがるいきもの」という人間観を持っていましたが、かなり鋭いですね。


すべての行動(一見不可解なものも)は、「私を知って欲しい」という心の声が表象化したもののような気がしました。


人が人に与える力ほどみくびってはならないものもない。

どんな理論も思想も哲学も本もお金も、突き詰めていけば無力だが

人が人に与える力は普遍性を持つ。

人生においてどれだけ、自分を変える人と出会えるかが、すごく重要だな。

どんな人間に出会えるかでどんな人間になるかが決まるなら、人格ってなんの必然性もないね。

とても恣意的です。

だから私らしさを求めても、そんなに意味ない。