山のあなたの空遠く

さいわい棲むとひとのいう


幸福は幻想だ。でも不幸は現実だ。


親を早くに亡くした人は須くその点に於いて不幸だが、愛すべきパートナーに恵まれた人が皆幸せである保証はない。


幸福=not不幸という定義しかできい。


しかし幸福がないという真理を私たちは、見て見ぬフリをする。

そして幸福のようなものを擬似的に創造する。


繰り返す。万人の幸福はない。万人の不幸はある。


「幸福とは、幸福を探すことだ」


こんな辛辣なアイロニーは他にあるまい。
ロールズに強く感化されている。

すべてのものが無価値に見えてくる。そしてそれはきっと間違ってはいないはず。

医者も政治家も、大学生も不良も、ソープ嬢もヤクザも、男も女も、高齢者も赤ちゃんも、それ自体ではみんな等しく無価値であることに私は気づいた。(これは出発点に過ぎないが。)

どんな人間が優位に立つかなど、時代の選好や運という偶発的で恣意的なものに過ぎない。(努力という美徳も含めて。)


だからこそ自分の造り出した価値観こそが大きな意味を持つのだ。


岡本太郎は言う。
「個別的なものこそが普遍性を持つ」と。


今この瞬間、堕落論の本意が理解できたように思う。


ニヒリズムから人は出発すべきだ。










功利主義的な読書はあまり好きでない。
知識も教養もアイデアも・・・すべては二次的なもの。


私は、本を読むことで自分自身を紡いでいる。


自分が見たいと思うものをそこに見いだし、自分が何を考えているのか、どんな人間なのかを知る。


いわば、私を語ることばを求める行為だ。


だから本を読むことを止めたとき、私の魂は死ぬのだ。


でも本の中に救いはない。幸福論は、健全な肉体に。