地方公務員試験 | デブリマンXの行方

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いつか見えない社会問題になると信じている自分のような存在について、自分自身の人生経験や考えたこと、調べたことをまとめ、その存在を具体的にまとめることを目的とする。

今日は就活の一環として、地元の公務員試験を受けてきた。

社会人枠の追加募集がたまたまあり、ノーリスクで受けることが出来る上、これから始まるであろう企業面接地獄の練習にもなると考えたからだ。

もちろん、勝てば文字通りの官軍なので、障害者枠を狙えなくなった今では他に望めないくらいの好待遇である。少なくとも、待遇面では今の保育士を超えることは間違いないだろう。……仕事についていけるかは別として。

ちなみに手応えとしては、事務適性検査・教養試験・一次面接試験、全て微妙である。どれが100点中60点を切っていても驚かないくらいの手応えなので、失敗した時に備えてメンタルを養い、衝撃に備える必要がある。なんだかんだ言っても、失格の烙印は、自分が否定されたような衝撃を受けてしまう。すぐに「しゃーない。次々」というマインドに至るまではまだ遠いと感じる。

 

こういった就職活動をしていて感じるのは、仕事ってなんだ?という哲学的な問いである。働きたくないわけではないが、本音は無理して働きたいわけでもない。しかし、無理してでも働かないと、生活が立ち行かないのは自明である。そんな精神状態でも、面接では意識高い系の対応をしなくては行けないため、精神的には削られるものがある。もちろん、嘘は言わない。自分の中でめちゃくちゃシンプルに整理された考えを、面接官に伝わるように色々な言葉で装飾して伝える努力をするのである。ただ、本音を上手く隠すことには自信が無いため、そういった質問はできれば来ないことを祈りたい。「希望したい部署には行けないかもしれませんが」系の質問は特に苦手である。わたしはかなり一枚岩な思考と価値観を持っているため、臨機応変な受け答えが弱い。目的に対しては猪突猛進になるが、方向転換が至難と言うべきか。地方公務員の業務は多岐に渡るため、もっと公務全体への関心をアピールするべきだったかもしれない。しかし、腐っても保育士であるため、どうしても子ども関係の仕事を希望している感じになってしまう。それが悪というわけでは全く無いが、面接官が求めている答えを出せているかは疑問だ。

 

それにしても30代にもなると、面接そのものへの緊張感は減るが、それ以上に手応えを感じなくなる気がする。やはり、面接官のピカピカの新卒を見る目と薄らサビている既卒を見る目が違うのだろうと思う。