いつもお祈りありがとうございます!
なかなか更新できずにいますが、この一年も多くの方々に支えられて、ここまできました!

年末年始は、いつも借りている結婚式場がお休みなので、建設途中のチャペルで年末感謝礼拝と元旦礼拝をささげます!
これもきっと、良い思い出になりますね(*^^*)

今日は一時半からこの場所で礼拝です!
ちょっと寒いけど、風邪など引かないようにお祈りいただければ感謝です!










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一昨日18日、大熊町にある大野チャペルに一時立ち入りをしてきました。

いつも礼拝の時に借りている結婚式場が、お休みになってしまう年末年始には、
特別に建設中の新チャペルで礼拝を行なうことになり、
その準備の一つとして、大野チャペルからイスを60脚持ち出してきたのでした。

大野チャペルの礼拝堂で使っていたイスをウェットティッシュで拭き取り、
放射線量をしっかり測定して、車に詰め込んで運んできました。

デボメ広場


チャペルに到着してすぐに出迎えてくれたのは、
震災後に産まれたであろう子牛を含む数頭の牛たち!Σ( ̄□ ̄;)

人懐かしいと思ったのか、物珍しいと思ったのか、それともエサをもらえると思ったのか…。
また厳しい冬がやってきましたが、みんな守られるようにと祈らされます。



大熊町には、まだまだ線量が高いところがあります…。
帰り道に通ったところは、車の中でも約26マイクロシーベルトありました(・・;)

デボメ広場


先が見えなくて心が騒ぐこともあるけれど、
神様が見せてくださる最善の御業を信じて待ち望んでいます。


それにしても…、
大熊町のチャペルでいつも使っていたイスを運び出すのは、やっぱり寂しく感じました。

そこで営まれていた日常が、失われてしまったのかと寂しくもあり、
いつかまた、この場所で礼拝をささげられる日がくるのだろうかと寂しくもあり、
やっぱりいろいろな思いが頭を巡りながらの作業でした。

やっぱり震災を通して多くを失ったのは現実であり、
悲しいのは悲しいし、寂しいのは寂しいのだと、改めて感じています。


でも、震災を通して得たものも多くあります!!
その中の一つは、やはり何といっても多くの“出会い”でしょうか(^_^)v

僕たちは本当に多くの方々に出会い、祈られ、支えられて、ここまでくることができました。

新チャペルの建設も一歩一歩進んでいますが、
このチャペルは間違いなく、僕たちのチャペルと言うよりも、世界中の方々のチャペルです!
それだけ多くの方々の祈りと思いがギッシリ詰まっています!!

完成したら、ぜひ遊びに来てくださいね(^-^)/
チャペルは今、屋根と壁がはられ、窓も取り付けられています!

デボメ広場


火曜日、イスを60脚運び出すために、大きなワゴン車を貸してくださり、
さらに大熊町にも一緒に入ってお手伝いくださった先生は、
関西からボランティアのためにいわき市に来られている、聖公会の司祭さんでした。

また、水曜日、わざわざ東京から4時間かけていわき市まで来てくださったのは、
ルーテル教会の先生はじめ教会の方々でした。

デボメ広場


おそらく、震災がなかったら出会うことがなかった先生方だと思います。
他にも教派・教団を超えて、そしてこのブログを通しても、
本当にたくさんの方々に出会い、そして支えていただいています!


改めて、失ったものは多いけれども、確かにそれ以上に多くのものを得ている!!
そんなふうに思わされている、最近のまぁにぃでした(^O^)

皆さんのお祈りにも心から感謝しつつ。


尊敬してやまない友人が、フェイスブックでおすすめしていた本。

「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」


僕も早速注文し、届いた本を読み進めています。

こんな時間になってるのに、止められない…。


読んでると、胸がバクバクします。



ちょうど1年9ヶ月前のあの日、教会のホールに教会員や近所の人と避難していた時に、

5キロしか離れていない場所で起こっていたこと、

そして文字通り命懸けで作業しておられた方々を思うと、

やっぱり胸がバクバクします。涙が出ます。


あの時、教会のすぐ隣りの建物に経済産業省の副大臣が来ていたことも、まったく知りませんでした。



本当は全部読んでから、改めて僕からもおすすめさせてもらおうと思っていたけど、

僕もやっぱり皆さんに早く読んで頂きたいと思ったので、1年9ヶ月を迎え、紹介させていただきました。



続けて祈るばかりです!!

死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日/門田 隆将
¥1,785
Amazon.co.jp



先月末、96歳で天に召されたSさん。

その葬儀の様子は、前回&前々回のブログで紹介しました。


それと同じ頃、ずっと一緒に避難生活を続けてきた、今度の1月で92歳になるSさんが、

老人ホームに入ることになり、東京に引っ越していかれました。


デボメ広場   デボメ広場



Sさんの引越しの話は、皆さんにとってもそうだったと思いますが、

僕たち夫婦にとっても本当に驚きであり、そして本当に寂しいことでした。


妻はそんな話をチラッと聞いた時から涙ぐみ、引っ越しまでの2週間くらいよく泣いていました。

これも震災の痛みなのかなぁと、本当につらいところを通らされています。


引っ越し前に一緒にささげた最後の日曜日の礼拝でも、水曜日のリラックスワーシップの時にも、

やっぱりみんなが涙ぐみ、東京への出発を見送る時にも、涙涙のお別れとなりました。


Sさんは、福島第一聖書バプテスト教会の第一回目のバプテスマ式でバプテスマを受けられて以来、

教会の歩みと一緒に、絶えず歩んでこられました。


デボメ広場   デボメ広場



絶対に人の悪口・陰口を言わないと心に決めて、長年の教師生活を勤め上げ、

本当にたくさんの教え子の方々に今も慕われ続けていて、

そしてSさんも驚くほどの記憶力で一人一人を名前で呼ばれていて、

本当にその姿からは、神様の愛と神様にある希望があらわされているように感じます。


また、毎日大熊町大野の教会の前の道路を歩かれて、いつも教会を見守っていてくださり、

また毎週忠実に、ただたんたんと、できることをし続けてくださったSさんの姿。

講壇に毎週水を運んでくださり、長年に渡って聖餐式のパンとぶどう酒も運び続けてくださっていました。

受付では一人一人に声を掛けてくださり、

またこひつじクラスでも台所のご奉仕をしたり、やっぱりたくさんの親子に声を掛けてくださったりしました。


もしかしたら、親・子・孫と三代にまで渡ってお世話になったという方々もおられるのではないでしょうか。

僕たち家族も、いったいどれだけ、Sさんの持っている物も時間も労力もささげていただいたかわかりません。


また、震災後の、Sさんの後ろを振り返らずに、

ただ前を向いて一歩一歩を踏み出しておられる姿に励まされた人も、本当に多いのではないでしょうか。


度重なる別れは本当につらく、寂しいことだけど、先輩方の歩まれた姿を見ている者として、

これからも私たちを導き、祝福していてくださる神様に、望みを置き続けていきたいと願わされます!


神様を人生の土台とし、神様の近くに身を置くことの幸せを味わい、

ただまっすぐに神様だけを見つめ、ただたんたんと、一歩一歩を神様と共に踏み出していきたいです!



「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。

これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」テサロニケ第一5:16~18


このみことばは、平成20年1月末に天に召されたSさんの娘さんの愛唱聖句でした。

僕はその時、何度も何度もこの聖書のことばを読みながら、彼女はまさにこのみことばの通りに、

いつも喜んで、絶えず祈って、すべてのことについて感謝している方だったなぁと、深く心に感じました。


そして今、お父様であるSさんの告別式にあたり今一度読む時に、

「あぁ、Sさんも、まさにこの聖書のみことば通りに歩まれておられたなぁ」と感じています。


きっと、多くの方の耳に残っているSさんのことばは、

「ありがたい、ありがたい」ということばではないでしょうか(^-^)/


小さな子どもを見ると、頭を撫でながら「めんごじゃのぉ~」と言っておられたことばも耳に残っています!

我が家の娘たちも、本当に可愛がっていただきました(⌒▽⌒)


デボメ広場  デボメ広場
デボメ広場  デボメ広場


Sさんはいつも「ありがたい、ありがたい」と言いながら、

すべてのことに感謝しながら生きておられたように思います。!


僕にも、いつもその「ありがたい」話を聞かせてくれました。


もしかしたら、ご本人方には照れて言わなかったかもしれませんが、

息子さんが毎日仕事帰りにお茶飲みに来てくれることも「ありがたい、ありがたい。」

お嫁さんが毎日おかずを運んで来てくれることも「ありがたい、ありがたい。」

娘さん夫婦が、いつも隣りから声を掛けてくれることも「ありがたい。」

時々お孫さんたちがお茶飲みに来てくれることも「ありがたい。」


教会の人が時々来てくれることも「ありがたい。」

毎週教会に行けることも「ありがたい。」

今日も神様に生かされていて「いやぁ~、ありがたいなぁ!」


そんなふうに、いつも感謝しながら、

そして自分はただ神様に生かされているということを感じながら、感謝を告白し、

そして証して歩んでおられたのではないでしょうか。


いつも喜び、絶えず祈り、すべての事について感謝しながら、

礼拝を大切にされていた姿も忘れることができません。


ほとんど休むことなく、春も夏も秋も冬も、車に乗せられて、

時には90歳を過ぎても自転車に乗って礼拝に来られていました。

どんなに暑い日でも、途中で自転車がパンクして壊れようとも、自転車を押してでも、礼拝に来られました。


詩篇23篇のごとくに、神様を自分の羊飼いとし、

どんな山あり谷ありの人生であっても神様がおられるから大丈夫!

神様から離れては生きていけない!私はいつまでも主の家に住まいましょう!


まさにそのように神様と共に歩み、神様の近くに身を置き続けることが、

どんなに幸せな人生であるのかを、Sさんはその背中で僕たちに教えてくださったようにも思います。



去年の3月11日。東日本大震災は、やはりSさんの人生にも大きな変化をもたらしたと思います。


震災時、Sさんはちょうど入院中でした。

震災があって、いつの間にか誰もいなくなった病院に一人残されて、

息子さんが迎えに来られるまで、やっぱり不安も感じられたのではないかと思います。


入院先から突然の避難生活が始まって、とっても大変だったのではないかと思います。


また、毎週あんなに楽しみにしていた礼拝に行くことができなくなってしまったことも、

長年通い続けた教会から離れてしまったことも、きっとやっぱり寂しかったのではないだろうかと思います。


でもSさんは、それで誰をも恨んだり、つぶやいたりするのではなく、

その置かれた場所で、ただ神様を見上げて喜び、神様を思いながら「ありがたい、ありがたい」と言い、

神様と共に過ごしてこられたように思います。


その姿には、一本の筋がピンと通った力強さと、また気高さを、僕は感じていました。


自分の人生の先には天国があると、いつも希望に満ち溢れて語っておられたSさん。

今頃きっと、国籍がある天国で、久しぶりに奥様や娘さんとも再会し、柿崎先生や昔からの仲間とも再会し、

神様の御腕の中で、やはり神様に「ありがたい、ありがたい」と満面の笑みで言いながら、

賛美をささげておられるのではないでしょうか。


見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留め続けておられた、そんなSさんの姿を見た者として、

また、Sさんの背中で語るメッセージを見て、聞いて、そして受け取った者として、

私たちも生かされていることをおぼえていつも喜び、そして感謝しながら歩む者でありたいと思います。


そしてまた、私たちもぶれることなく天国の希望を握り締めながら歩んでいきたいと思います。


私たちもやがて天国でまた再会し、神様のすぐ御前で一緒に「ありがたい、ありがたい」と

感謝しながら賛美をささげたいと思いますо(ж>▽<)y ☆