なんだか久方ぶりに多人数で集まることを楽しめたように思います。
しかし思い返せば、僕の選曲はやたら取り散らかっていましたし、はりきりすぎて最後のほうは声も枯れてしまったし、ああ、今さらながら顔から火が出そうです。
僕は楽しかったのですが、ご同行した方々も楽しく過ごせたのでしょうか。
取り越し苦労やもしれませんが、つい気になってしまいます。
自らの無知と無能にうちひしがれる毎日です。
手始めに、大学生らしくレポートに取り掛かろう。
与えられた課題が、曖昧模糊としていて取っつきづらいです・・・。
しかしおおよそ久しぶりにイラストを描いてみたりすると、意外とこころがふと軽くなる気がします。
会話は不器用な僕だけれど、ペンや筆が表現を手助けしてくれること、忘れかけてました。
「女の子」をよく描きます。
自分の中の非論理的で、感傷的で、きまぐれなものの実体は、「女の子」だったのです。
ときに、愛されるのはとても重く、自己の根幹を揺るがされる状態でもあります。
人とおしゃべりしたりコミュニケーションをとることは適度な刺激になり、共感したい欲求も満たされるのですが、僕にはその能力が弱いのかそう易々とはできないのです。
いざ自分が他人から強く想われるとき、からっぽのあたまは立ち止まってしまいます。
身を削らんばかりに相手の心情を慮っても、僕の判断はとんちんかんの見当違い。
優しさや愛しさに基づいて近づいてくださる方々に、適切なレスポンスができない、ひいては傷つけてしまう、ほんとうにばかです。
僕は何をしたら良いの?
自分で考えなさい、そんなこと。
・・・はい。
おおよそ、人間に生まれてしまったのが、間違いだったのでしょうか。
惚れた腫れたの色恋沙汰に、明確で論理的な理由や経緯の説明が必要なのですか。もっと感情的な、感覚的な、本能的な、言葉に表しがたいものかと思っていました。
それはふたりの問題で、しかしどの程度他人の耳にも入ってくるようなもので、場合によっては釈明じみたことが、僕に説明責任があるのですか。
訊いても誰も答えてなどくれませんし、答えを求めているわけでもございません。
完璧な人間などいないならば、僕は何を人間と認識して、目指せばよいのでしょうね。どのような要素があれば、どのように努力をしたら真に人間になれるのか!
ほんとうに、ここ何年も同じせりふを繰り返しています。
はやく、人間になりたい。
以前から趣味はお菓子作りですと言いつつ、横着していた僕ですが
改めて彼氏殿から「手作りのおかし食べてみたいな」とせがまれ、こそばゆい甘やかな気持ちになってしまいました。
いろいろ試作してから、渡してみよう。
彼のことを考えると、頬が緩んでしまいます。ふふ。