その夜、寮のみんなが寝静まった頃―
私は夜勤の先生との引き継ぎを終え、帰り支度をしていた。
ずっとタケルくんのことを考えていたの。
ちゃんと言わなきゃって…
何をどう言えばいいのか…
結論なんか出ない。
出ないけどね…
トントン…
タケルくんの部屋のドアをノックする私。
ガチャ…
「あの…少し…話せるかな?」
すごい緊張した。
誰かに話を聞かれたくなかったから、寮の中庭のベンチに二人並んで…
ひそひそ声でね…
「さっきの話なんだけど…」
って…切り出したの。
「あの…タケルくんが私を好きって言ってくれるのは嬉しいの。
慕われて悪い気する人なんていないじゃない?
だけど…」
そこから先、言葉が見つからなくて…
「……………」
〈……………〉
お互い黙ったまま…
さっきまで雨が降っていたんだもん、当然、今夜も月は見えない。
暗闇に二人…
頬を撫でる風が冷たくて…
思わず自分の両肩を自分の手で抱いた。
大きく深呼吸して…言わなきゃって…
〈彩を困らせてるの…わかってる。
突然、生徒に好きとか言われてもそりゃ困るよなぁ…
だいたい‘好き’って意味がよくわかんねー俺にそんなこと…困るよなぁ…〉
「……………」
〈俺、よくわかんねーんだよ…
大人と、女と、どう接していいのかわかんねー。
だけど彩にはなんかこう…
なんつーか…〉
「……………」
〈……………〉
沈黙を破ったのはタケルくんの方。
私から話そうって誘ったくせに…
何を生徒に気を遣わせてるんだか…
もう…正直に全部…
当たって砕けろって…
「ごめんね…ありがとう…
こんな頼りない私にそんなこと言ってくれて…
でもね…私には大切な人がいて…
彼じゃなきゃダメなんだ…」
〈……………〉
「くっついたり離れたり、ケンカだってするし…
今だって遠距離で寂しくて…
気持ちふらふらだけど…
潤くんじゃなきゃって…」
〈何で付き合ってんの?
ケンカしたり、寂しくて泣いたり、ふらふら迷ったり…
それでも何でそいつなの?
付き合うってさ…どういうこと?〉
「それは…
何だろうね…
付き合うって…何だろう…」
〈大人ってさ、理解出来ねーこといっぱいあんじゃん?
矛盾だらけだし。
そもそも育てらんねーなら何で子どもなんか産むんだよ…
好きとか愛してるとかそんなの…口先だけの戯言だろ…?〉
「……………そうかもね」
〈……………〉
「みんなもがきながら生きてるんだもん…
正解がわからなくて不安で…
でもやらなきゃいけない。
前に進まなきゃって…
誰かに寄り掛かりたい時だってあるし…
誰かの為に頑張ろうって思えたり…
一人では無理なんだもん…
タケルくんのお母さんは母親としてしていけないことをした。
その事実は死んだからといって消えないもん。
恨む気持ちもわかるよ。
タケルくんがどんな気持ちで生きてきたのか…あんな手紙一枚で…
私にだって…同じ女だけど…理解出来ないよ。」
〈………………〉
タケルくんは黙って聞いてくれてた。
ただ黙って…
「でもね…誰かを好きになるってことは…
恋をするってことは…
素敵なことで…
タケルくんにもきっといつか現れると思うの。
上手く口では説明出来ないけど…
いつか運命の人に巡り会った時にわかると思う。」
〈綺麗事だろ…そんなの…〉
「うん…そうだよ…
そうだけど…理屈じゃないから…
人を好きになるって理屈じゃないの。
たまたま傍にいた私に好意を持ったのは…それはきっと…恋じゃないと思う。」
〈………………〉
「ごめんね…グスン…上手い言葉が見つからなくて…グスン
どうすれば伝わるのかわからなくて…」
〈泣くなよ…〉
「何か情けなくて…グスン
何にも出来ない自分が情けなくて…
今だってきっとタケルくんを傷つけてる…グスン
先生なのにね…守らなきゃならないのに傷つけて…」
〈んなの…〉
「最低だよね…グスン」
〈お前…この仕事むいてねーとか思ってんだろ?〉
「…………グスン」
〈辞めんなよ…〉
「えっ…?」
〈俺のせいで辞めるとか…無しだかんな…〉
「……………」
〈お前は他の大人とは違うんだよ…
たぶん…勘だけど…
俺らみたいなヤツと似たような経験してきてんじゃねーの?
痛み…わかんだろ…?
わかるから本気で悩んで…お前すぐ顔に出るかんな…
悲しい時は本気で悲しい顔してる…〉
涙が溢れて止まらなかった。
泣いたらダメなのにね…
泣くのは反則…
生徒に何を心配させてるんだか…
これじゃあ私の方が励まされてる…
どっちが生徒だかわかんないや…
最低…最低だよ…