Dears~若年性乳がんと私~ -146ページ目

「のだめ」を観て来ました。

数日重いエントリーが続いたので(笑)
ちょっと毛色の違うエントリーですね、今日は。

お休みだったので、夕方過ぎまで爆睡をしていました。
多分起きようと思ったら途中で起きられたのですが、
何となくベッドの暖かさに負けまして(苦笑)
ぐうたらぐうたらと睡眠欲をむさぼりました。

そしてレイトショーに行くために身支度を整え、
迎えに来てくれたお友達とお出かけ。
観る予定の映画は「のだめ」でした。
正直悩んだんですよ、これ。
どのみち少し待てばDVDにもなるだろうし、
それよりもTVで「地上波初!」って放送するだろうし(笑)
けれど大音量で良い音楽を聴いてみたいなぁという誘惑に負けました。

…結論。
良かったと私は思います。
そして自宅に戻ってから、ずっと大好きなCDを聴き続けています。
私が好きなのはラヴェルの「ボレロ」です。
同じ旋律が続く楽曲なのですが、演奏される楽器が異なるため、
同じ旋律なのにも関わらず、全く違う印象を受ける。
これこそ私の中での最高楽曲だと思うのです。
無論ラヴェル以外にも素晴らしい作曲家は沢山おられますし、
素晴らしい楽曲も沢山あります。
でもその中でも私の大好きと思える曲は…ボレロです。
今回ののだめは前編だったので後編も楽しみかな。
早く4月になりますように(^^)

さて話は変わり。
一緒に行ったお友達も相棒マニアなので色々話していたのですが、
身近に杉下右京さんのような人がいたらどうだろう?と。
(「相棒」をご覧になっていない方はごめんなさい。)
あれだけ慇懃無礼で細かい事が気になる静かな正義感に溢れた人…
多分私は息が詰まるでしょう(爆笑)
でも凄い素敵な人だと思うのです。
私とは真逆な人だと感じますしね。
今までドラマは沢山観てきましたが、
これだけキャラが完璧に確立され、こんなにも自分が好きだと思える人はいませんでした。
(古畑さんも好きでしたが、ここまでではなかったし)
まぁ別れたたまきさんの気持ちも分かりますけどね(苦笑)
…とどうでも良い話ですね、これ。

さて明日からお仕事。
かなり慌ただしいスケジュールにも関わらず、
全く準備が進まないこの状況。
さぁどうなる事やら…

何のために仕事をするのか?

…昨日のエントリーに似ていてすいません(笑)
今日は私の仕事観について書きたいと思います。

皆さんは何のためにお仕事をされていますか?
私は病気になる前、仕事は報酬を得るための手段だと思っていました。
好きな仕事に就いたこともありましたが、
そうではない仕事を高い給料を得るためだけにやった時期もありました。
しかし。
病気になった途端、その考えはなくなりました。

いつ再発や転移をするかは全く未知。
それならばやり甲斐のある仕事をしたい→そのためには多少給料が少なくてもOK!
…と脳内変換されたのです。
そして今自分的には満足出来る仕事に就くことが出来ていると思います。
時には辞めたい衝動に駆られていた時期もありました。
けれど今は続けていて良かったと思います。

仕事というモノは報酬を得る手段という側面と、
やり甲斐を得る手段という側面があると思っています。
無論両方兼ね備えた仕事なら文句はありませんが、
なかなかそういう仕事って存在しない。

例えば野球が好きな人がいたとして、
野球が仕事になってしまったら…それはあくまでも「仕事」であって、
やり甲斐はあるだろうけれど、どこか結果のために追われる意識が生まれると思います。
そうなった時、心から「楽しい!」と思えるのだろうか?
…と思ったことがあります。
だからこそ、趣味と実益ってなかなかかみ合わないのでしょう。
今私のやっている仕事も両方は備わってはいません。(実益はないなぁ…)
けれど「やり甲斐」だけは確実に存在する。
…じゃなかったら続ける事は出来なかったでしょう。

私にとって、病気が私に与えたモノの大きな一つは「やり甲斐のある仕事」だと思っています。
…ま、毎日慌ただしいですけどね(笑)
それでも続けられるまで猪突猛進したいですね、今は。

さぁ明日もお勉強しなきゃ。

何のために生きるのか?

病気を告知されたのが30才の10月。(多分)
それから同時再建をするための生食バッグ(全摘した方に入れる)をUSAから取り寄せるため、
手術自体が待ちの状態だった。
手元に届くまでに2ヶ月かかると言われ、
その間経口タイプの抗がん剤を服用したお陰で激太り(号泣)
気がついたら10キロ太り、薬の影響で顔やら何やらがむくみ、
おまけにひどいふらつき感とめまいで自宅から出ることすら難しくなっていた。

その間、ずっと私は考えていた。
「何のために生きるのか?」
ガンの手術をしなければどんどん進行して亡くなることは知っている。
それを回避するために左胸は全て摘出するという選択を私はしていたし、
でもそこまでして生きる意味って何だろう?と。

…答えはなかなか出なかった。
途中通院している最中も迷いに迷って…
でも時は残酷に流れ、手術前日を迎えた。

…ただ、泣いた。
何が悲しいのか?何が怖いのか?私には分からなかった。
変態ではないけれど、鏡に自分の裸体を映し、
翌日には無くなってしまう左胸を見て…また泣いた。

告知を受け、あっさりと事実を受け止め、かっちり選択したはずだった。
それでも前日にはこんなにも不安になり、こんなにも切なくなるのか…
と思ったら、何もかもを捨てて逃げてしまいたくなった。

…でも逃げてもどうせ数ヶ月でこの世からいなくなってしまうんだ…
と思ったら、何だか悔しくなった。

「別にいいじゃん、片胸無くなったって。」
そう自分を納得させるまでにどの位時間が必要だっただろう。
今は覚えていないけれど、この性格なのであまり時間はかかっていないだろう(笑)

次の日。
朝早くに起きて病院に行くタクシー。
偶然女性ドライバーさんだった。
病院名を伝えた時、何かを感じてくれたのだろう。
沢山慰めてくれて、沢山励ましてくれた。
きっとこれは神様が与えてくれた温情だったのだと思う。
思わずタクシーの中で泣きそうになった自分がそこにいた。

数ヶ月前には「死んでしまおうか…」と思った自分が馬鹿だった。
こんな初めて会った人にも励ましてもらい、
家族や友達、そして大切な彼にも支えてもらえる幸せものなのに、
どうして死にたいなんて思ったんだろう?
…そう思ったら、手術でも何でも来い!と思える自分がそこにいた。

手術が終わり、痛みと麻酔の味でずっと吐いて苦しんでいた私だったけれど、
定期的に様子を見に来てくれた親友もいた。
短期の入院な上、吐きすぎてぐったりした見た目悲惨な私のために、
わざわざ彼もお見舞いに来てくれた。
あの時ほど、感謝と幸せを感じたことはなかった。

あれからもう大分月日は流れているけれど、
彼もいてくれ、親友もいてくれ、家族も温かく見守ってくれている。
…本当に私は幸せものだ。

今、病気と闘おうとしている人。
きっとアナタの周りにもアナタを見守ってくれている人がいる。
一人じゃないんだって思えたら、それはとても幸せな事だと思う。

止まない雨はない。明けない夜はない。

…悪い事があれば良い事がある。
それを私は体験したのだと今は思う。

…って堅いなぁ(笑)

さて表題について。
今私は何のために生きているのか?
多分それは…
まだやり残したことが沢山あるから。
いつ終わることのない、やり残しが沢山あるのだと思うのです。

自分の中の終着駅はまだ分かりません。
でも…終着駅を見つけられた時、恐らく次の終着点を見つけるでしょう。
…何せこういう性格ですから(笑)
そうやって人はゴールを延ばし続けて生きて行くのでしょうね。

…さぁどこまで続くのやら?(笑)